旅の窓

『旅の窓』(沢木耕太郎著 幻冬舎文庫 2016年4月)をご紹介します。
この「エッセイ工房」で紹介する本は、女性の著者が圧倒的に多いと気づきました。そこで、男性のエッセイ集を書店で探したところ目についたのが、沢木耕太郎氏の『心の窓』(2024年5月)というフォトエッセイ集でした。旅先で撮影した81枚の写真と、その写真から生まれた短いエッセイ81編が見開きで並んでいます。興味がわき手に取ってみると、「大人気フォトエッセイ『旅の窓』、待望の続編」であることがわかり、最初に出版された『旅の窓』をまず読んでみました。

「旅を続けていると、ぼんやり眼をやった風景のさらに向こうに、不意に私たちの内部の風景が見えてくることがある」
最初のページに書かれているこの文章に誘われるようにして、読み始めました。
『旅の窓』にも81の写真とエッセイが収められています。右ページに400~500字の文章、左ページが写真です。エッセイには、その写真をどこで、なぜ、撮影したかという基本的な情報と共に、その場面を見ている沢木氏の心に映る風景が描かれています。

被写体は人間が多い。
ドイツで、少女が父親の記念写真を撮影している写真。時を経たとき父親は、その自分しか写っていない記念写真に、自分を撮ってくれた幼い娘を見るのだろうと想像する。
中国で、家の前に座り、じゃがいもの皮を剥いている老女の写真。1個を20分ほどかけて、ゆっくりゆっくり剥くその人生をいいなと思う。
イタリアで、2人の老紳士が挨拶を交わしている写真。吹き出しをつけて、勝手に2人の台詞を考える。
ヴェトナムで、ある女の子が向けてくれた笑顔の写真。旅では小さなことで気持ちがささくれることがあるが、見知らぬ人の笑顔ひとつで癒されることもある。
その他、ものおもいにふける若者、老女の横顔、遠くを見ている少年などなど、多くの人が登場します。

写真という大きな情報があるので、情景を文章で描写する必要はありません。それにしても、400~500字で心の風景を文字にするのはたやすいことではないはず。そこは、さすが沢木氏。どこか一つにポイントを絞り、最後の一文で読者の共感を誘う作品に仕上げています。
沢木氏のエッセイは、淡泊で現実的な面もありながら、心を小さく揺らしたことも見逃さない繊細さも感じられて、一作品ごとに色合いの異なる風景を見せてくれます。
今回は文庫版を手にしてしまったので、写真が小さいのが残念。大きな版で読むことをお勧めします。

フォトエッセイ、いつかはチャレンジしてみたいものです。