いつも旅のなか

『いつも旅のなか』(角田光代著 アクセス・パブリッシング 2005年4月11日発行)をご紹介します。
旅のエッセイを書くのはむずかしい。私がそう思い込み、旅について書くことを避けてきたのは、この本を読んだからかもしれません。

読んでおもしろい旅のエッセイは、
・誰も知らないような場所を旅したときの話
もしくは
・旅行中の人間模様(現地の人でも、旅の同行者でも)
ではないかと思っています。

誰も行かないような場所の話は、読むだけで楽しいし、興味がわきます。私のエッセイ仲間に、南極からアフリカから、どこまでも旅行する人がいて、読者をいろいろな世界に連れて行ってくれます。めずらしい体験は、それだけで読み手を引き付ける題材となります。

しかし、誰もがそのような旅をできるわけではありません。多くの場合は、有名な観光名所を巡ることになります。みんなが知っている場所については、どんなに細かく、どんなにじょうずに描写しても、読み手が興味を持つエッセイに仕立てるのはけっこうむずかしい。たくさんエッセイを読んできて、そう感じています。

旅行先がどこであろうと、読み手を楽しませるのは、作品内に登場する人間同士のやりとりです。旅だけを書くのではなく、人間模様を組み合わせることで、おもしろみがぐっと増します

角田光代さんの『いつも旅のなか』は、まさに「旅×人間模様」なのです。

角田さんは、細かいことを決めずに旅に出ます。リュックを担いで自分で歩き回り、自分でバスに乗り、バスを降りてその日の宿を探す。気に入ればその海に何日も通うような旅です。
毎回必ず、現地の人が登場し、助けてくれたり、一緒に遊んでくれたりします。うら若き女性が大丈夫だろうかという読者の心配をよそに、角田さんは自由にその地を楽しみます。時には、誰もいない、何もすることがない地に来てしまうこともありますが、それはそれで、苦手な自転車を借りて、もしくはただただ歩いて、どこかに出かけます。そうやって動いているうちに、やはり誰かが登場して、手を差し伸べてくれます。
こんな旅をしてみたい。旅の醍醐味とはこういうものだ。とまで思わせるほど、彼女の旅のエッセイは楽しい。

そして、その土地の雰囲気を捉えて書くのが、実にうまいのです。
旅を書くとき、たとえ人間模様をメインに描くとしても、その地について読者に説明しなくてはなりません。説明しすぎるとガイドブックのようになってしまい、説明が不足すれば読者に伝わりません。角田さんは、極力説明は省き、最小限の言葉で多くを語ります。何を書くか書かないか、取捨選択の仕方が実にうまいのです。

私自身は観光名所をたどるような旅行をしてきました。そんな中に、おもしろい助っ人が現れるはずもなく、エッセイに書けるほどの出来事もなく、「旅のエッセイはむずかしい」という考えにがんじがらめに縛られてしまいました。そう思わせるほど、この本は私にインパクトを与えたのでした。

けれども、その後10年以上してから手にした旅のエッセイ本を読んで、呪縛は解けました。こんなふうに気を楽にして書いてもいいのだという本にめぐり合ったのです。それはまた次の回にご紹介します。