毎日書く
エッセイ教室で次のような質問を受けたことがあります。
「以前、twitterで毎日投稿していたことがあります。140文字とはいえ、毎日は大変でした。どうしたら、毎日書くことができるでしょうか」
SNSで自分の言葉を発信でき、書いたものがすぐに読者に届く時代になり、発信の頻度もまた重要な要素のようです。現代ならではの質問と言えましょう。
このエッセイ工房の更新は月に3回です。エッセイ関連の話や参考になりそうな本、そして私が書いたエッセイ、そのいずれかをアップしています。多少でも意味あることを伝えたいと思うと、「何を書くか」を考えるのに時間がかかり、月3回が私にはちょうど合っています。また、趣味としてエッセイを書く場合も、月1回書くのが、無理せず楽しんで書ける頻度のように感じます。
しかし、140文字の文章であれば、それなりの書き方や題材選びがありそうです。毎日発信する方法を、エッセイの視点で考えてみました。
〇書く速さ
以前、ビジネス本の編集者から、私のエッセイに対してこんなコメントをもらったことがあります。
「ていねいに言葉を選んで書いているようだね。でもね、記事や本のライターは、書くスピードが必要だから、ていねいに時間をかけて書いてはいられないんだ」
毎日書く場合も、書く速さが必要となるでしょう。言葉選びや構成にあまり時間をかけず、言いたいポイントがしっかり伝わることを優先して、スピードアップを意識することが大切でしょう。
〇題材探し
一番悩ましいのは、何について書くか、題材を考えることだと思います。ネタさえ豊富にあれば、毎日の発信はそれほど苦ではないはずです。
月に1編のエッセイを書くのであっても、長年書いていると、ネタが尽きてきます。そういう場合、得意分野を持っている人は強いなと感じます。その分野からネタを拾い出すことができますから。たとえば本好きの人なら読んだ本について。旅行が趣味なら行った先々の話を。
毎日書く場合は、その得意分野のなかに毎日変化するものがあれば理想的です。たとえば家庭菜園をしているなら野菜の生育状況。ペットを新たに飼ったのなら、飼い出してからの日々。料理が得意ならその日の献立など。
〇日記の可能性
得意分野がない場合もあります。エッセイ教室では、「毎日書くといえば日記。日記を発信したらどうだろうか」という声もありました。
エッセイと日記の違いについて、「日記は自分だけが読むもので、読者を想定していない」と説明することがあります。けれども、「他人が読みたくなる日記」というものも存在しそうです。
その一つの例として、『富士日記』(武田百合子著 中公文庫(新版)2019年5月)があります。富士山麓にある山荘で過ごした日々の暮らしの詳細が綴られています。いつ山荘に行ったか、誰がそこを訪れたか、食事の内容、買った物とその値段など、事細かに書きつけてあり、日記そのものです。人に見せることを念頭に書いたものではないように、私は感じました。
しかし、1977年に出版されて以来、現代もなお新版が出て、人々に読み継がれています。また本書に関する本も刊行されています。武田百合子さんが作家武田泰淳氏の妻であったというだけでなく、この日記は読む人を引き付ける何かを内包しているのでしょう。
誰にでもそのように書けるものではないとしても、日記は毎日発信する題材としての可能性をもっているようです。
質問に対して真正面からの回答はできませんでしたが、こうして考えてみると、SNSも文章を書くという点ではエッセイと同じ要素があることに気づくことができました。とはいえ、やはり毎日というのはむずかしい。日記がいつも三日坊主の私は、特にそう感じてしまいます。