まな板

 木のまな板が好きだ。ひのきを使っていた。包丁が木に入っていく感じがいい。刃をはねつけることなく、やわらかく受け入れてくれる。魚や肉用に買った安いプラスティックは刃当たりが固くて、それを使うたびに 木の良さを再確認した。
 もちろん、木にもデメリットはある。よく使う面がだんだんへこんでくることと、周りがどうしても乾かしきれずに黒ずんでくること。しかし、私には強い味方がいた。
 道を挟んだ向かいに建設関係の事務所があり、半年に一度、地元サービスの一環で、包丁研ぎとまな板削りをしてくれるのだ。包丁研ぎは他でも見かけるが、まな板を削るサービスはまずない。しかも、300円で。
 何度か削ってもらっているうちにだいぶ薄くなり、削りのおじさんに、「いいヒノキのまな板あるよ」と勧められた。大工さんが作ったのだろうか、武骨で厚い。ここで削ってもらえる安心感から購入した。
 それなのに、半年後のサービスから、まな板削りがなくなった。慌てて尋ねると、「削るには一度持ち帰るから、たいへんなんだよね」と言う。厚いひのきのメンテナンスができないまま、真ん中あたりはだんだんへこんできて、周りは少しずつ黒ずんできた。
 削ってくれるところをネットで探すも、近場に見つからず、さらに年数がたって黒ずみもひどくなり、気づけばひびも入ってきた。これを削ったら割れるかも。買い直そうと決意するが、では何を買うかで悩む。再び木でいくのか。キッチン用品店を見かけるたびに、まな板コーナーを覗いてみると、プラスティック系が圧倒的に多い。素材も進歩して、木より使いやすいのかもしれない。新しい物に目を向けよう。
 というのも、親が年とってからも昔からの道具を使っていて、新しい物を勧めても、もったいないと言って家にある物を使い続けていたからだ。たとえば文房具。最近のハサミやホチキスは、物自体も軽いし、力もあまり使わずにすむ。年をとった人にこそ使い勝手がいいはずなのに、「まだ使えるから」と買い替えなかった。
 そんなことを思い出しながら、「今日こそは買うぞ」とキッチン用品店に向かった。その店には10種類ほどまな板が並んでいたが、木製はなかった。店員に人気の品をいくつか教えてもらい、TPUという素材のものを選んだ。「適度な弾力があり、刃当たり良く元の形に戻ろうとする復元性があるので、キズも付きにくく衛生的」だそうだ。色は薄いグレー。4000円。もし使いにくかったら、勉強料としてはちょっとお高いが。
 さっそく使ってみると、木と遜色ない刃当たり。トントンと包丁が当たる音も、木と似ている。そして、何より、さっと拭けば、さっと乾く。色も気に入っている。こんなことなら、もっと早く新しいまな板に替えればよかった。