掲載おめでとうございます
新年が明けて間もない頃、うれしい知らせが届きました。
私が関わっているエッセイ教室の2人の文章が、立て続けに、新聞の投書欄に載ったのです。たまたま同時期に投稿したようです。
ずいぶん前になりますが、私も投稿したことがあります。そのときの気持ちを思い出しました。
エッセイ教室に提出する作品を書く際、教室の仲間だけに通ずるものを書くわけではない。一般の誰が読んでもわかってもらえるような文章を目指す。けれども、実際の読者は教室の仲間だけ。
仲間に読んでもらえるのは嬉しいけれど、時にはほかの人にも読んでほしい。内容によっては、思いを多くの人に伝えたいときもある。
そういう気持ちが投稿につながったように記憶しています。
その後、採用されて、紙面に掲載されました。そのときは、自分の文章が認められたようで、本当にうれしかった。それだけでなく、謝礼も送られてきました。金額の多寡は関係なく、自分の文で稼ぐことができたと、誇らしい思いもありました。
さて、今回の2人の文章は、1篇は年賀状について、もう1篇は内館牧子さんに関わることでした。おおまかな内容を紹介します。
○年賀状について
「年賀状じまい」が届くなか、自分は「出し続けます」と宣言。続けていたおかげで昔の仲間とも会えた、などのエピソードを交えながら、自分にとって年賀状がどういう存在かを語る。
○内館牧子さんに関わること
昨年末に亡くなった内館牧子さんが関わっていたエッセイコンテストで、以前、自分の母親が賞をとった。内館さんから文章を絶賛されて生きる意欲を得た母は、100歳過ぎまで生きた。亡くなった母と共に、内館さんの冥福を祈る。
どちらも、1月の掲載にはタイムリーな内容です。
また、伝えたいことを、具体的なエピソードを交えて、述べていました。
採用された大きな理由は、この2点にあるのではないかと、勝手に推察しています。文章が平易でたいへん読みやすいのは、もちろんのことですが。
紙面のレイアウトは16字×30行。単純計算すると480字です。ふだん書いているエッセイよりもだいぶ短いなかに、思いとエピソードをバランスよく入れるのには、苦労があったと思いますが、その苦労のしがいがありましたね。掲載、おめでとうございます。