バス停に歴史あり
時折利用するバス路線がある。はじめてそのバスに乗ったとき、停留所名を聞きながらあれこれ想像して笑ってしまった。
「住宅前」。東京23区内にも「ぽつんと一軒家」があったのだ。その住宅しか目安がなかったとはいえ、なんと安易なネーミングと笑いがこみ上げる。現在は建物がバス通り沿いにずらりと建ち並び、当時を想像するのはむずかしいのだが。
その2つ先のバス停は「大泉風致地区」という。風致とは? 風情とか風光明媚という意味か。きっと、いい景色の場所に違いない。 一瞬、風紀という言葉が浮かんだが、それとは関係ないだろう。
その次は「都民農園」。大きく出たね、都民の農園だなんて。どれほどの広さだろう。このバス停を過ぎると、埼玉県に入る。
後にその辺りを散歩する機会があった。これらのバス停に近い一帯は、道路が碁盤の目に走り、敷地が100坪くらいありそうな一軒家が整然と並ぶ住宅地だった。庭木や生け垣も手入れされていて、きれいな街並みが広がる。農園はどこにも見当たらない。停留所名が気になって調べてみた。
風致地区とは自然景観を守るために法令で指定された地域で、建ぺい率や樹木の伐採などに定めがあるそうだ。都内の指定第1号は大正15年の明治神宮内外苑付近という、古くからある規則だった。「大泉風致地区」が指定を受けた昭和8年には、業者による学園都市構想のもと、大掛かりな宅地開発が行われていたとか。その後、住民が自らも景観保護に努め、現在の住宅地の街並みにつながっている。
昭和9年には、その近くに1.8ヘクタールのレジャー農園が作られた。東京市民が農業を体験できる場「市民農園」として賑わったそうだ。農園は戦後になくなり、東京市が東京都に変わって農園名の「市民」は「都民」に変わり、停留所名としてだけ残っている。
バス停の名前には歴史が刻まれていた。一番笑ってしまった「住宅前」の由来は、残念ながら、わからなかった。やはり、そのバス停が住宅の前にあったから、ということなのかな。