応援してます

*テーマ「お気に入りの店」で書いた作品です。

「私、実はね、今、考えていることがあるの」
 半年ぶりに会ってランチをしていたら、彼女は少し躊躇しながら切り出した。
 え、なになに。話の次を待つ。
「あのね、食べ物のお店を始めようと思って」
 料理が得意なのは知っている。でも、仕事としての料理は別物では? きっかけは?
「趣味でいろいろ忙しいし、3歳の孫の世話を頼まれたりもするけど、あと2年で70でしょ、何かするなら最後のチャンスだなと思って」
 どういうお店を考えているの?
「誰かを雇うような大掛かりなのはそもそも無理だから、自分一人で賄える範囲となると、おにぎりがいいかなと思って」
 話は続く。素人だから経営なんて難しいだろうし、老後の資金がなくなっても困るから、つぎ込むお金は上限を決めて、それを越えたらきっぱり終わらせるつもり。場所は人通りのある隣駅界隈を考えている。
 計画はまだ頭の中のようだが、真剣に考え、大きな決断を伴う夢の実現に向けて、歩み出そうとしている。同世代の私にできるだろうか。勇気ある一歩を思うと胸が熱くなった。
 彼女とは35年前に、夫の転勤で過ごしたアメリカで出会った。3歳の子どもを通わせた幼稚園が同じだったのだ。彼女は話し好きだが、噂好きではない。相手のことを気遣うが、気遣いすぎるわけでもない。そのあたりの波長が合ったのだろう。話すうちに同じ大学の2年先輩とわかり、付き合いは今も続いている。7年前にご主人が急逝した。悲しみにくれる姿は見せなかったが、今回の店の話はそこから立ち上がっての一歩なのかもしれない。
 私の心の中から、言葉が飛び出した。
「応援する! ぜひ実現して」
 私はおにぎりについて詳しくはないが、お米や海苔が重要と感じる。塩気と具材のバランスも大切な気がする。世の中では今ブームらしく、大塚にある有名店「ぼんご」は2時間以上も並ぶと、テレビで特集していた。
 私のつたない知識を披露すると、すでにその先を考えていた。米や海苔は追及するとそれこそ値段が跳ね上がるので、手に入りやすいものから厳選する。握り方は自分で練習するとして、「ぼんご」には一度足を運んでみようと思っているそうだ。
「付き合う! 一緒に並ぶ!」
 何もできないけれど、何か手伝いたい。
 店はカウンターだけの小さい造りにするつもりと言う。勝手に想像してみる。心地よいBGMがかかるなか、カウンター越しに私は「人気の具は何?」と聞く。みそ汁もあるのかな。お勧めを頼む。静かにおしゃべりしながら、熱々のごはんを軽くにぎる手を眺める。
 そこは何度でも訪れたい、私のお気に入りの店になっているはず。