園バス置き去り事件に思う

 先日、静岡県で、幼稚園児が通園バスの中に置き去りにされて亡くなる事件が起きた。
 いくつもの原因が重なったという。いつもの運転手が休んだ。バスから降りる子と名簿を照合しなかった。最後に車内を点検しなかった。保護者に問い合わせなかった。
 途中のチェック機能をすべてすり抜けて、痛ましい悲劇が起きてしまった。報道を聞いていて、胸が押しつぶされそうだった。1年前にも福岡県で同様のことがあり、安全対策が全国的に叫ばれていたにもかかわらず、である。
 私の心には、30年前の出来事が浮かび上がってくる。

 夫の転勤でアメリカのミシガン州に住んでいたときのことだ。5歳の長男は、スクールバスで幼稚園に通っていた。
 その日も、バスに乗り込む息子に「いってらっしゃい」と手を振り、家に戻って家事をしていた。送り出して1時間ほどたった頃だったか、電話が鳴った。女性の声で、園長だと名乗った。
「申し訳ないことが起こりました。息子さんがバスの中で寝ていたことに気づかず、幼稚園で降ろさずに、少し離れた駐車場まで行ってしまいました。でも、もう幼稚園に連れて来ましたので、安心してください」
 英語をすべて把握できたわけではないが、そういう内容だった。バスに乗るときは、バインダーに挟んだ名簿にチェックしているのに、降りるときには確認しないのだろうか。そんな疑問もちらりと頭に浮かんだが、とりあえず今は安心なのだと聞いて、「わかりました」と言うだけで、電話を終えた。
 幼稚園から戻ってきた息子に聞くと、園までの7、8分の間に、ふっと寝てしまったそうだ。気づいたときには、見知らぬ景色が見えた。スクールバスがたくさん並んでいて、駐車場かなと思ったと言う。特に不安も感じなかったようだった。私ものんきなもので、
「あらそう、寝ちゃったの? 幼稚園はすぐ近くなのにね」
と、息子と笑った。
 よくよく考えれば、園長から電話を受けたときに、事の重大さを察知すべきだった。息子が取り残されたことを、いつ、どのように気づいて、誰が幼稚園に連れて来たのか、しっかり説明を求めなくてはいけなかった。英語でそこまでやり取りできないのもあって、詳しいことはよくわからないままに、園に戻っていることに安心してしまった。
 夜になって帰宅した夫と話し合った。息子は無事だったし、園長もすぐに電話をくれたから、事を荒立てることはないだろうとなった。翌日からも、変わらずにバスを利用した。

 今回のような事件を目の当たりにすると、30年前のあの時にも、危険がすぐそばに待ち構えていたことに気づく。
 今後、悲劇が繰り返されないことを願うとともに、効果的な安全対策が講じられるよう、関心を持って見守っていきたいと思う。同じ事態に遭遇したかもしれない親として。