レシピの役には立ちません
『レシピの役には立ちません』(阿川佐和子著 新潮社 2024年5月)をご紹介します。
まず、このタイトルとカバーの帯に引かれました。帯には「皆さんタイトルには騙されないで! 平野レミ氏推薦!」と書かれています。何かおいしそうな匂いがしてくるではありませんか。
26編のエッセイ、どれもが料理や食材にまつわる話です。阿川さんはおいしいものを食べたいという気持ちが強く、おいしい料理や食材を知ると、自宅で調理してみます。自分の冷蔵庫に眠っている食材を柔軟に取り入れ、調味料がなければ、それも家にある物のなかからアレンジ。自分には「加工癖」があると言い、何を足せばおいしくなるか常に考えます。たとえば、素麺を温かいつゆで食べる煮麺も、和風がいちばん、シンプルに限るとわかっていても、冷蔵庫にそろそろ使い切るべき鶏ガラスープを見つけると、エスニック風にしようと他の調味料も足してベトナムフォー風に仕上げてみます。
調味料の分量については「タポタポタポ」「たっぷり」「ひとかたまり」などと書かれていばいいほうで、まず書かれていません。阿川さんの舌と長年の料理経験で、計量は不要なのでしょう。また、「もったいない」精神の申し子とも言える阿川さんは、そろそろ腐りそうな食材や調味料を使って、そこそこの味に仕上げることにも、喜びを感じます。
私が一番好きだったのは、「新生活」というエッセイです。
雑誌の連載エッセイに、最近は健康のためにオートミールを朝食にしている、と書いた。その連載が2年ほどして本になり、知人から「僕もオートミール派だよ」と言われて、一瞬なんのことかわからない。自分のなかでのブームは過ぎ去り、すっかり忘れていたのだ。しかし、その言葉で、再度ブームが訪れる。その知人が、お粥と同じ感覚でご飯のふりかけなどを乗せるとおいしいと言うので、台所にある「ご飯のお供」をひとところに出してみた(このくだりは、こんまりさんとの対談で、片付けのコツを教えてもらったことと関係するが、ここでは割愛)。30種類以上が出てきて、これからが楽しみになった。しかし、ご飯のお供には味の濃いものが多く、健康のためのオートミール習慣なのに、これでいいのか。
という内容です。失敗談をうまくちりばめ、オチも入れて、話し言葉なども交えて軽い感じで書いているようですが、文章そのものはオーソドックスで読みやすい。
話もあっちこっちに寄り道しますが、必ず本筋に戻ってきます。全体の長さが、40字×114行、4560字ですから、寄り道しないで書き上げることはむずかしそうです。
寄り道もまたおもしろい話なので、読み手も「話がそれた」などと感じることなく、楽しいおしゃべりを聞いているような感覚で読み進みます。これが、阿川さんのうまさなのだなと思いました。
料理のことがメインですが、ご本人の人となりも伝わってくるし、家族のこと、友人とのこと、仕事についても自然に話のなかで描かれています。難しい文章ではないので、簡単に読めるけれど、知らない情報やおもしろい話が詰まっていて、読んでいて楽しいエッセイ集でした。
父親が厳しかったことは、阿川さんも折に触れて口にしていますが、本書にもところどころに父親が登場します。そのなかでも、本の最後のエッセイ「始まりはシェルター」は、胸にぐっと来ました。