糸暦
『糸暦』(小川糸著 白泉社 2023年4月)をご紹介します。
「いとごよみ」と読みます。暦というタイトルのとおり、月を追ってエッセイが並んでいます。エッセイ集を作る際に、このように月ごとに作品を分類するという編集方法もおもしろそうと興味をもち、読み始めました。
本書では、暦は1月からではなく、4月から。しかも卯月、皐月、水無月……と続き、弥生で終わります。
小川さんの季節に合わせたていねいな暮らしが、エッセイに綴られています。特に、食べるものについての話が多い。ご自身で保存食作りを楽しみ、山椒の実の醬油漬けは5月、6月に入ると梅やラッキョウを漬けます。山形生まれの小川さんが小さい頃から親しんできた山菜は4月に、芋煮の話は9月に登場します。
そのどれもがおいしそう。食材や作り方の詳細な部分まで描かれているからでしょうか。どこから手に入れて、どうやって下ごしらえして、どのように食べて、どんな思い出があって……という食にまつわるディテールが、読み手の脳内で「おいしい」に変換されるのかもしれません。
旅行先や住んでいる場所に関わらず 、好きなものを大切にして、そしてすべてのことにていねいに接する。どのエッセイからも、そういう小川さんの暮らしぶりが伝わってきます。
そして読んでいる私も、その落ち着いたていねいな生き方に寄り添っているような気分になり、穏やかな気持ちになるのでした。
そういえば、小川糸さんの著作『ライオンのおやつ』を読んだことがあります。
ホスピスが舞台で、そこでは入居者がもう一度食べたい「思い出のおやつ」をリクエストできます。主人公は、人生の最後に食べたいおやつを通してこれまでの人生を振り返ります。登場人物の描き方がていねいで、おやつの思い出やおやつ自体の描き方もまた実に見事で、作家の食に対するこだわりと愛情を感じたのを思い出しました。
この小説からも今回のエッセイからも、作家について同じイメージをもったのは、興味深い発見でした。
本書は、暦別のエッセイのあとに、エッセイに登場するケーキやスープのレシピ、そして最後には、山形にある山菜料理の店についてのエッセイが掲載されています。
イラストレーター杉本さなえさんによるイラストがところどころに挿入されています。クラシカルな雰囲気の絵がエッセイの内容と合ってすてきでした。