エッセイを書きたいあなたに

『エッセイを書きたいあなたに』(木村治美著 文春文庫 1996年4月10日発行)をご紹介します。

本書は、1989年出版の単行本の文庫版で、1996年に発行されました。執筆から30年たっています。なぜ、こんな古い本を紹介?と疑問を持たれるかもしれませんね。
先日、本棚の奥から本書を見つけ、改めて読み直してみました。エッセイの本質を突いた内容は、今読むとさらに深く理解でき、共感する部分も多いことに気づきました。これまでエッセイを書いてきた方にこそ、ぜひ読んでいただきたいと思いました。

私は、この文庫版が出版されたころ、著者木村治美が教えるエッセイ教室に入りました。教室は合評形式で、教室生の書いたエッセイについて意見や感想を交換し合うというものでした。その都度、いろいろな学びはありましたが、大きな視点でエッセイを理解したいと思うようになったときに、本書との出合いがあったと記憶しています。

本書は7つの項目に分かれています。

  1. エッセイストの誕生 筆者が『黄昏のロンドンから』を出版し、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞する経緯。文章修業についても
  2. エッセイって何でしょうか エッセイの元祖モンテーニュの『随想録』にさかのぼり、エッセイの定義を考える
  3. 「書くこと」の効用 なぜ書くのか、書くことによって何を得るのか。何人かの実例から見えてくるものとは
  4. 今日もエッセイ教室では 15年続くエッセイ教室のメンバーが、教室という場でエッセイを書き続ける理由
  5. 文章を書くためのアドバイス 様々な技術的な観点から、エッセイの書き方を指南
  6. 作品を発表する舞台 同人誌、投稿、出版など、作品を発表する方法を考える
  7. 学びつづけるのは楽しいこと 学びつづけたその先に何を求めるのか

タイトル『エッセイを書きたいあなたに』が示すとおり、エッセイを書きたい人に対して、エッセイについてのすべてを解き明かします。実際の書き手を例に、ときには筆者自身がその例となり、具体的に話は進みます。

エッセイを書く者として、心にとどめておきたいフレーズがたびたび出てきます。長くて引用できないところは私の言葉で書き替えたことをお断りしておきます。

  • 書くことにより、漠然と頭の中にあったものが、少しずつ形になってくる。
  • 書かずにいられなかったという迫力が感じられるエッセイは、整然と構成されたエッセイよりも、ひとの心をうつ場合がある。
  • 自分を見つめる作業のない、美辞麗句でうまく書いたつもりの文章は、無意味。
  • 貴重な体験をしても、それをはっきり見つめなければ何の意味もない。そして、見つめるためには、書くという作業はいちばん効果的。
  • これは自分の偏見であり独断であると自覚しているといないとでは、そのエッセイの魅力は天と地のように異なる。

これらのフレーズは、今回読みながら付箋を貼った箇所の一部です。列挙してみると、自分が何について関心をもっているのかも見えてきます。

執筆から年月が経過しているため、もちろん今の時代にそぐわない箇所もあります。現在は、インターネットの急速な普及により、自分の文章を簡単に発信できるようになり、作品を発表する舞台も多様になりました。また、書き手の感覚としても、自分が思ったとおりに好きなように書けばいい、と考える人が多いのではないでしょうか。

その一方で、エッセイという形で思いを綴りたい人の胸の内は、大きくは変化していないようにも感じます。エッセイ教室で熱心に語り合う姿を見ていると、そう思えてなりません。
なぜ自分はエッセイを書きたいと思うのか。どういうエッセイを書きたいのか。書くことから何かを得たのか。これらの漠とした問いに対する答えが、本書を通じて姿を現してきます。
出版から時はたちましたが、本書に魅力を感じる読者は多いのではないでしょうか。