からだの美

『からだの美』(小川洋子著 文藝春秋 2023年3月)をご紹介します。

厚さ1センチという細めの背表紙が、書棚でかえって目を引いたのかもしれません。目次を見ると、16編のエッセイのタイトルの中に「外野手の肩」「力士のふくらはぎ」「ボート選手の太もも」などがあり、からだのどこかのパーツを取り上げたエッセイとわかりました。本のタイトル「からだの美」はそういう意味なのですね。

とはいえ、スポーツ選手の躍動する筋肉だけを取り上げているのではありません。「卓球選手の視線」「ハードル選手の足の裏」という、なぜそこに注目したのか、気になるタイトルもあります。
スポーツ選手だけでなく、「レース編みをする人の指先」「赤ん坊の握りこぶし」という作品もあります。これは、美しさを感じる理由がわかるような気がしました。
また、「からだ」は人間のからだに限りません。「ゴリラの背中」「ハダカデバネズミの皮膚」「カタツムリの殻」。
これらがすべて「からだの美」として書かれたエッセイと思うと、大変興味がわきました。

どのパーツに関しても、観察して描写する力にまず圧倒されました。小川さん独自の見方でそのパーツを分析しているのですが、読者になるほどそうだなと思わせる力もありました。
全体に流れるのは、静けさです。躍動するスポーツ選手が熱く描かれているのに、文章からはなぜか静けさを感じるのです。使われている言葉がそう感じさせるのか、淡々と事実を追っていく書き方が理由なのか、まったくわかりませんが、その静けさを心地よく感じながら読みました。

ほとんどのエッセイが、取り上げたパーツの周辺の話題から始まり、徐々に中心の話題に入っていきます。その周辺の話もおもしろい。「バレリーナの爪先」では、ジョゼフ・コーネルという美術家がバレリーナをイメージして作った作品が、まず語られます。「卓球選手の視線」は、川端康成の未完の小説『たんぽぽ』から始まります。
周辺の話は、中心となる話とうまく融合しているため、そのパーツの美しさを理論づけたり後押ししたりします。もともとの知識量に加え、おそらく、そのパーツについて書くためにいろいろ調べたのではないかと想像しました。

どのエッセイにも1枚の写真が添えられています。 「ハダカデバネズミの皮膚」で、このネズミをはじめて見ました。名前のとおり、裸で出っ歯のネズミ。毛がなく、赤っぽい肌色のからだはシワシワ。目は、サインペンでポチっと描いたような小さな目。閉じた口からは長い2本の歯が飛び出ています。この美しさを小川さんがどう綴ったか、ぜひ読んでいただきたい1編です