気になる言葉(2)「コロナ禍」と「コロナ下」

エッセイの仲間が、「コロナ禍」という便利な言葉ができてよかったとつぶやいていました。あれこれ説明しなくても、「コロナ禍で」と言えばその状況を伝えることができます。特に、コロナ禍の渦中の今であれば、その一言ですべてが通じます。

新型コロナウイルスの感染が大きなニュースとなったのは、2020年のはじめです。この年の前半に書かれたエッセイを見ると、
「新型コロナウイルス感染症が猛威をふるって世界中で人々の命を奪い……」
「中国に端を発した未知の感染症が世界的大流行になり……」
というように、しっかり説明されています。またその一方で、簡略化した表現として「コロナ騒動」「コロナ事情」「コロナウイルス騒ぎ」「コロナ禍」などのさまざまな言い方が見受けられます。
2021年5月の今、エッセイを書くときには、多くの人が迷わず「コロナ禍」という表現を選ぶのではないでしょうか。それほど、市民権を得た言葉になりました。

ウィキペディアの「コロナ禍」の解説によれば、新聞報道においては2020年4月に全国紙に登場したそうです。エッセイ教室のエッセイでも、2020年7月頃から、「コロナ禍」が多く使われ出しました。

同じ読み方で「コロナ下」という言葉もあります。
「禍」は「わざわい。災難」、「下」は「…の影響のもとで」の意味ですから、
コロナ禍」は「新型コロナウイルス感染症流行によるわざわい、災難
コロナ下」は「新型コロナウイルス感染症流行の影響のもとで」を意味します。
「禍」や「下」がつく言葉として思い出すのは、「戦禍」「戦下」ですね。「戦」には「渦」と合わせた「戦渦」という言葉もあります。「戦争によって起こる混乱」という意味が辞書に載っていますが、コロナの場合は「コロナ渦」という表現は使わないようです*。

「コロナ禍」と「コロナ下」の使い分けで悩んだことはありませんか?
こういう新聞記事を見つけました。
見出しには「コロナの入試で明暗」とあり、
本文中には「2021年の大学入試は、制度変更とコロナが重なり……」と書かれていました。意味どおりの使い分けをしている記事でした。

では、以下の「か」には、「禍」か「下」のどちらを入れたらいいでしょうか。
・コロナでプラごみ増えていませんか?
・コロナで再出発の舞台裏
・コロナ、子供は今もストレスが
・コロナに咲く花
・コロナでも海外投資は増加
・コロナで社員のコミュニケーション増加

いかがですか? 私はどれも悩みました。
なぜ悩むのか。それは、どの「コロナか」も、「コロナ禍の下(もと)」という意味で使われているからではないでしょうか。単なる「コロナ流行のもとで」ではなく、「コロナの流行でこういう大変な状況になっている、その影響のもとで」という意味をもつ「コロナか」なのだと思います。
ですから、できれば「コロナ禍下」と書きたいところですが、それは見た目も読み方もしっくりきませんし、かといって常に「コロナ禍のもとで」「コロナ禍の影響下の」といちいち書くのもまどろっこしい、という状況なのだと思います。そういう場合、一般に 「コロナ禍」のほうを使う傾向にあるように感じます。
ちなみに、上記の6つの例はニュースの項目で、すべて「コロナ禍」と書かれていました。

感染が始まってから1年以上たち、その「禍」の状態は、経済、社会、文化、生活その他多岐に渡る分野に大きな影響を与え、その深刻度も一様ではなく、「コロナ禍」ひと言では括れません。新しく生まれた「コロナ禍」という言葉は、意味や使い方がまだ定まらず、流動的であるように見えます。
エッセイに書くときには、自分はどういう意味で「コロナ禍」を使うのか、ちょっと立ち止まって考えてみようと思います。

*2021年1月発行の明鏡国語辞典第三版では、巻末索引で「コロナ渦」は誤った表記であるとしています(「コロナ禍」という言葉は辞典には収録されていません)。