マナーはいらない 小説の書きかた講座
『マナーはいらない 小説の書きかた講座』(三浦しをん著 集英社 2020年11月10日発行)をご紹介します。
タイトルを見てのとおり、これは小説の書き方の指南書です。
私はいつもエッセイの書き方の本を探しているのですが、ふと、思ったのです。小説はフィクションであるという点において、エッセイとは大きな違いがありますが、言葉で読み手に伝えるという意味では同じです。小説の書き方の本からも、エッセイを書く際に役立つヒントが見つかるのではないか? タイミングよく本書の紹介記事を目にしたので、読んでみました。
初出がWebマガジンの連載のせいでしょうか、全体が話し言葉で書かれており、くだけた表現や筆者自身に対するツッコミも満載です。けれども、本題の「小説の書き方」を語る場面にくると、文章から受ける空気感がピリッと変わり、問題と正面から向き合う筆者が登場します。とはいえ、まじめ一辺倒に語るのではなく、三浦さん流の比喩がちりばめてあり、読み手の心を引きつけます。
やはり、小説における文章作法はエッセイにも通ずる箇所がたくさんありました。「小説は言葉を使ったコミュニケーション」と言う三浦さんが指摘するポイントは、エッセイの書き方として既知のことではあっても、違う角度から語られているため、新たな発見もありました。
本書の構成は、タイトル『マナーはいらない』にあやかってフルコース仕立て。章タイトルが「オードブル」から始まり「食後酒」まで、通常であれば1章、2章となるところが、1皿目、2皿目となっているところも大きな魅力です。
1皿目「推敲について」
「読者に読んでもらう」作品に仕上げるために、念入りに推敲することが大事と説きます。自分の作品を愛をこめて作り上げなさい(誤字脱字はないか、体裁が整っているか)。かといって、愛しすぎてはひとりよがりになる(客観性が大切)。推敲の大切さを伝える際に「愛」という言葉が使われていて、作品をだいじに仕上げることも教えられました。
推敲のたりない作品を、「雑草だらけで、思い入れは感じられるが妙な置物が置かれている庭」にたとえるところなどは、比喩も感性が必要だなと感心しました(どういう意味のたとえかは本をご覧ください)。
18皿目 描写と説明について
「説明文ではなく描写でそれを説明できるといいですね」と、私も合評の際によく言うのですが、描写と説明の違いをうまく説明できずにいました。18皿目では、ぴったりの事例をあげていただきました。また、なんでも描写すればいいわけでなく、描写と説明のバランスをとることも必要で、あえて説明で終わらすことを選択した文例もありました。そのバランスの匙加減は、誰もが失敗を経験して大人(?)になるそうです。
22皿目 お題について
「しまもよう」というお題で作品を募集したことがあるそうです。すべての作品が、「縞模様」という解釈のもと、作品の中にも縞模様という言葉を使ったり、縞の洋服が登場したり。三浦さんは、お題をちょっとずらして発想を展開していくことを勧めています。「縞」ではなく「島」という解釈も可能のはず。ずらすところから、その人しか持ちえぬ色が加わり、発想も湧くでしょうと言います。
エッセイのテーマも同じですね。正面から取り組めるエピソードがあれば、それを書くのもいいですが、他の人とは違う解釈で、豊かな発想の作品を生み出すこともぜひトライしたいものです。
その他、タイトルやセリフ、一行アキについてなどエッセイとの共通項が多く、ふむふむと考えたり納得したりしながら読みました。
もちろん、エッセイの書き方には当てはまらない話もでてきます。エッセイは「私」の目線(一人称)で書きますが、小説は誰に語らせるかという問題があります。登場人物はどうするか、話の舞台はどこかなども考えなくてはなりません。作品の長さも、エッセイが原稿用紙で平均5枚ほどとすれば、小説はエッセイの比ではありません。とはいえ、三浦さんのお人柄が随所で感じられる文章は、読み物としても楽しめました。
三浦さんは「小説を書く際のマナーは自己流でいい」としながらも、「コツというか論理性は絶対にある」と言います。感性のみに頼ってがむしゃらに書くのがいいわけではないと。
エッセイも同じ。自由に書きたいように書いていい。でも、読み手に思いを届けるためには、書き方がある。そう思いませんか?