情報と情報エッセイ

読者に新しいことを教えくれるエッセイのことを、情報エッセイと呼んでいます。一般的に使われている言い方ではありませんし、エッセイを内容で分ける必要もないかもしれませんが、知らなかった情報に触れるのはエッセイを読む楽しさの1つだと思います。
最近読んだ作品から、情報エッセイと言えるものを挙げてみると……
ペットのお葬式事情、メルカリの使い方、一人でツアーに参加してみたら、無料の着付け教室に行ってみた、衣服のリサイクル方法、などなど。
すぐに、もしくは今後役立ちそうな情報もあれば、最近の世の中の事情を知るという意味で興味がわく情報もあります。本や映画の紹介もこの分野に入るでしょう。

先日、エッセイスト平松洋子さんのエッセイを読みました。
〈あるデパートの屋上に、53年間も営業を続けている、知る人ぞ知るうどん屋がある。「つけうどん」がお勧め。その日は寒かったので温かいきつねうどん450円を食べた。〉
かいつまんで言えば、このような内容です。
私は若いころからそのデパートによく行っていたのに、このうどん屋のことをはじめて知りました。「わざと不揃いに打つ野太いうどん」をぜひ食べてみたくなりました。
このエッセイに書かれていたのは、うどん屋の情報だけではありません。広々とした屋上のようす。そこで気ままに時間を過ごす人々。フェンス越しに見晴るかす風景。屋上の風景が、うどんを包み込むように綴られていました。また、筆者がなぜ久しぶりにそこを訪れたのかも書き込まれていて、師走の忙しいなかにも、ちょっとの時間を見つけてうどん屋に立ち寄る、筆者の生活を楽しむ豊かな心も垣間見えます。

読んでいるうちに、いつの間にか私もそこに立っていて、すっかり忘れていた記憶がよみがえってきました。40年も前の大学時代のこと。駆け出しのロックバンドがこの屋上で演奏するのを聞きに行ったことがある。当時の私はそのデパートの洋服売り場が大好きで、どこにどんなブランドの店があるか熟知するほど通っていた。そういえば、そのデパートの就職試験を受けた。ダメだったけど。そんなことまで思い出していました。

このエッセイには、デパート名もうどん屋の名前もはっきり書かれていて、まさに情報エッセイと呼べる作品でした。けれども、おいしいうどん屋という情報だけであれば、テレビ・ネット・雑誌などで知ることはできます。
情報と情報エッセイとの違いは、そこに人間(多くの場合は筆者))が登場することです。登場人物が楽しんだり、心豊かな気持ちになったり、思わぬことに出くわしたり、悲しんだり喜んだりして、読者はその登場人物に自分を重ねて、一緒に行動し、感情を共有するのです。今回のうどん屋エッセイは、それどころか、自分自身の深い記憶までもが刺激を受けて、情報エッセイを読む楽しさを改めて感じさせてくれました。