おトクの裏には

 自宅をリフォームする3ヵ月の間、同じ区内の賃貸マンションに仮住まいしている。
 週に1回通っているジムは、もとの家からはバスに乗れば10分だった。仮住まいからだと電車を乗り継ぎバスに乗り換え、50分かかる。交通費は片道220円から586円になった。遠くてお金のかかる場所になってしまった。
 ほかに行く方法はないか調べたところ、最寄り駅とジムの近くを結ぶ区営のコミュニティバスを見つけた。本数は1時間に1本か2本しかないが、乗車時間25分、220円。しかも、65歳以上を示す証明書を見せれば半額の110円。多少のバスの待ち時間など気にならない。65歳以上であることが嬉しくなる。
 夫は70歳。東京都のシルバーパスを利用できる年齢だ。都営地下鉄と都内のバスすべてに乗れるパスはとても便利だが、まだ働いているので年間20,510円かかる。その金額を出してまでは必要ないと思っていた。ところが、仮住まいの最寄り駅が都営大江戸線となり、会社まで乗り換えなし。シルバーパスを使わない手はないと、すぐ手に入れた。どこへ行くときも、なるべく都営地下鉄とバスを利用。シルバーパスを持っている人たちが多少時間がかかってもバスを使うと言っていた気持ちが、よくわかる。
 年をとるのも悪くないねえと、シルバー割引の初心者夫婦はそろってにんまりしていた。
 時を同じくして、2人のスマホの利用代金を見直していた。シニア60割というおトクプランを紹介され、契約者を夫にして、2人ともそちらに乗り換えることになった。1時間以上の説明を聞き、契約内容を了承して、あとはSIMカードが送られてくるだけとなる、その最後の最後になって、「実は」と相手が切り出した。
「70歳以上の契約者に対しては、あらためて、70歳未満のご家族に確認を取ることになっておりまして……弊社の独自基準ではあるのですが……今回は60代の奥さまがご家族として横で話を聞かれていたのですが、別の日に、他の部署の者から確認の電話が奥さまにいきますので、よろしくお願いします」
 相手は丁寧に言ってはいるが、つまるところ、70以上は認知的な問題の可能性があるので、1人では契約できないということなのだ。
 おトクの裏には、そういう現実が待っていました。