はじめて安野光雅さんとであった絵本

 2020年暮れに絵本作家、安野光雅さんが亡くなった。ふわっとした柔らかな色彩。細かく書き込んであるのに、ぎちぎちとした印象を与えない、それどころか見る者の気持ちをやさしくする絵。
 私、いやわが家との出会いは、30年前に遡る。

長男は幼いころから数字が好きだった。気になって仕方がないようだった。
 まだ1歳のよちよち歩きのとき、公園へ行こうと外へ出ると、道路脇に止まっている車に吸い寄せられるように近づく。なんて書いてあるの?という表情で、ナンバープレートの数字1つ1つに指をあてながら、私を見上げる。促されて、「それはね、7よ」「4よ」と、1つ1つに答え、なかなか公園にたどりつかなかった。
 この数字が好きな子には、どんなおもちゃや絵本が楽しいのだろう。店に立ち寄る機会があれば、何かこの子に合うものをと探していた。はじめての子育てで、それもまた楽しいものだった。
 2歳になってすぐのころ、本屋で目にしたのが、『はじめてであう すうがくの絵本』だった。これが、安野光雅さんとの出会いだ。
 タイトルが気になった。しかし、ひらがな書きとはいえ、「すうがく」はまだ2歳の子には難しいのではないか。しかも厚さ1センチの本の3冊セットである。
 手に取って開くと、やさしいタッチの絵にまず魅了された。水彩画を少しぼかしたような色合いで、見ていてゆったりした気持ちになる。
「なかまはずれ」という章から始まる。11個の青い□と赤い〇が1つ描かれていて、「〇のように仲間がいないものを『なかまはずれ』と呼ぶことにしましょう」と書かれている。次のページからは、テントウムシ、アヒル、車などが出てきて、それぞれのページのなかで「どれがなかまはずれか、考えてみてください」とある。
 どれが正解とも書いてない。私にも、あれ?これが正解でいいのかな?と判断がつかないページもあって、それがなんだか楽しかった。まず、私がこの本のファンになって、3冊まとめて買ってしまった。
 長男を膝にのせたり、横に座らせたりして、一緒に絵本を眺める。
「ふしぎなきかい」の章では、ある機械の入り口にニワトリを入れたら、出口からヒヨコが出てきた。カエルを入れたらオタマジャクシが。さてこの機械はどんなことができるのでしょうと問いかける。次のページでは、違う機械が登場し、キャラメルを6個入れたら黒い丸が6個、靴を4足いれたら黒い丸が4個出てきた。2頭の馬にそれぞれ人が乗っている。この機械に入ったら、何が出てくるでしょう。息子と一緒に考える。
 これが「すうがく」なのかしら?と思う箇所もあったが、息子が目を輝かせて、次へ次とページを繰っていくようすを見ると、彼の興味を満足させるものがあるように感じる。もちろん2歳児には難しい内容もあって、それは飛ばし、何年もかけて読んだ。
 4年離れて生まれた次男は、長男のような数字好きではなかったが、やはりこの本が大好きだった。何かが子どもを引きつけるのだ。
 何度もめくられた跡が残っているが、ハードカバーの表紙はしっかりとしていて、今もわが家の本棚に収まっている。

息子たちに安野光雅さんが亡くなったことを告げた。何も反応がなかったが、絵本を見せると、2人とも「ああその本ね。覚えてる、覚えてる」とうなずく。どの部分を覚えてる?と聞くと、
「詳しいことは忘れちゃったけど、その本を見ていたのはよーく覚えているよ」
と言う。そういえば、私も訃報を聞いて久しぶりに絵本を開いてみて、どこのどの部分がというわけではなく、これらの絵から浮かび上がる雰囲気がなんとも懐かしく感じられた。
 息子たちが、この絵本からどのような「すうがく」的なことを得たかはわからないが、子どもたちに楽しい時間を与えてくれて、しかも大人になっても記憶に残っている。
 安野光雅さん、感謝の気持ちとともにご冥福をお祈りします。