老後の事情
最寄り駅の北側と南側それぞれに大手のスーパーマーケットがある。駅に近いマンションに住んでいるので、どちらも歩いて3分ほど。自転車も不要だ。
日々の買い物に使う店はもう一つ、歩いて1分もかからない所にある。家族経営のスーパーで、魚・肉・野菜をメインに、その他食料品全般を扱っている。手作り惣菜もある。元は魚屋だそうで、鮮魚が売り。刺身は安くて新鮮だ。店の人の応対も感じがいい。
コロナウイルスの流行で緊急事態宣言が出た際には、特によく利用した。広いスーパーでは何を買うにも時間がかかるが、ここなら滞在時間が短くてすみ、ささっと買える。足をケガしたときも重宝した。病院からの帰り道、店の前でタクシーを降り、必要な物だけを買って帰る。1分の距離だから歩けた。食べ物を手軽に買える店が近くにあるということは、本当にありがたい。
それなのに。2月末、A4サイズのお知らせが貼り出された。3月末日をもって店を閉じると書かれていた。それを見たときのショックといったら。ガーンとか、マジーッとか、背景に黒い縦線が何本も入るとかでは表現しきれない。客が入っていたように見えたが、近くに安売りのスーパーができて、昨今の光熱費の値上げもあって、大変だったのだろうか。
私は65歳を目前にして、この店を老後の安心材料の一つとして考えていた。母が生前、80を過ぎて足が弱くなり、近くに食料品店があれば自分で買いに行かれるのにと嘆いていたことが、いつも頭の隅にある。この先、自分が年齢を重ね、腰や膝に痛みを抱えたときを想像し、この店さえあれば安心だと勝手に頼りにしていたのだ。
3月に入り、閉店の理由が漏れ聞こえてきた。開店から20年たち、大型冷蔵庫などを買い替える時期になった。経営者はもうじき60に手が届く年齢で、機械を買い替えて、この先も続けるかという選択を前にして、閉じる決断をしたそうだ。
店側も自身の老後を考えての決定だったのだ。朝早くの仕入れに始まり、夜7時半まで営業し、休みは日曜だけ、忙しい日々だったと想像する。お疲れ様でした。
しかし、わが身の現実に目を向ければ、次にどんなテナントが入るのか、大いに気になるところだ。同じような食料品の店だとうれしいのだが。