選手村ボランティア(6)

ボランティアの楽しみ その2 選手と出会う

 私がボランティアをしてることを知る友人から、「誰か有名な選手に会った?」と聞かれる。私自身もそれを大いに期待しているし、楽しみにもしていた。しかし、実際のところ、なかなか会えない。というより、「見つけられない」というのが正しい言い方だろうか。選手数は多いし、みなマスク姿で、見分けるのは至難の業だ。
 ところが、見つけるのが得意な人というのがいる。
 昼食を終えて持ち場に戻るとき、ある先輩ボランティアが私の肩を叩いた
「ほらほら、見た? 体操の○○さんよ!」
「え! どこどこ?」
「ああ、自転車に乗ってたから、もう行っちゃった」
 残念。遠くに過ぎ去る背中が見えただけだった。
 ボランティアは選手たちへの「不要な声がけ」を禁じられている。写真や握手を求めてもいけない。だから、誰かが見つけても、仲間内で小さい声で「ほらほら」と伝え合うしかなくて、その間に選手は遠ざかってしまうのだ。
 その先輩はとにかく目ざとい。帰り道でも見つけた。
「ほらほら、水泳の○○さんよ!」
 またもや、すれ違ってからなので、すでに後ろ姿だ。
 私は感心して、どうしたら見つけられるのか尋ねた。
「だって、よーく見てるからね。誰か知ってる選手が通らないか、常に目を凝らしてるのよ」
 なるほどと思い、選手がいる場所を通るときは、よーく目を凝らすことにした。
 すると、ボランティア活動の最終日になって、ついに陸上の選手を見つけた! あ、あの人だ! と思っても、声をかけられないし、あまりじろじろ見たら失礼だし、その時は私1人だったので、誰かに伝えることもできない。心の中で「やった、○○選手を見た!」とはしゃぐしかなかった。しかも、その選手はそれほど有名ではなかったので、知人に教えても、「誰だっけ?」という反応だった。
 レクリエーションセンターは選手たちがゆっくり過ごす場所なので、そこの担当のときは、やってきてくれさえすれば、よーく見ていなくても見つけられる。日本のバスケの選手が3人来た。マスクをしていてもすぐにわかった。ボランティア同士で「あの選手だね」と目配せし合う。すごく背の高い人と思っていたが、世界のアスリートの中にいてはそれほど目立つ身長ではなかった。

 ボランティアからの「不要な声がけ」は禁じられているが、選手から求められれば応じてもいい。そういうことはまず起きないのだが、先輩ボランティアと宿泊棟の見回りをしているときに、外国人選手が2人近づいてきた。それほど大柄ではない、白い肌の男女だ。
「バッジ持ってる? 交換しませんか?」
 オリンピック柄のピンバッジを見せながら、英語で話しかけてきた。
 これか。こうやってピンバッジを交換するのか。
 実は、このピンバッジについて、私は気になっていた。ボランティアが常に首からかけているIDの紐の部分に、いくつものピンバッジが付いているのを時々見かけるのだ。近くで見せてもらうと、いろいろな国のオリンピック柄のバッジだ。私自身はピンバッジに興味があるわけではないが、たくさん付けている姿は、この選手村では勲章のようでカッコいい。どうやって手に入れるのかと尋ねると、何か手伝いをしたり、頼み事に応えたりしたときに「ありがとう」と言ってバッジをくれることがあると言う。また、バッジを付けていると、選手から交換しない?と言われることもあるらしい。交換用に前もって日本のバッジを買っておいて、選手から声がかかるのを待つ人もいるとか。
 その場面に出くわしたのだ! 先輩ボランティアは、6個ほどのピンバッジを付けていたので、その外国人選手は声をかけてきたのだろう。物々交換が行われるのを私は興味津々で見ていた。先輩は交換用に、日本のオリンピックマグネットと和柄の小さなテディベアを準備していた。差し出された2つを見て、選手たちはテディベアには首を振り、マグネットを手にして「OK」と言い、自国のピンバッジを先輩に渡した。交換成立。
 ボランティアの活動中には多くの選手たちとコミュニケーションをもったが、こうして個人的なやり取りに出くわしたのはこの時だけだ。その場に居合わせるだけでも楽しかった。私も何か準備しておけば、もっと楽しかったかな。そう思ったけれど、交換を目撃したその日は、私のボランティア最終日だった。時すでに遅し。

選手村ボランティア(最終回)ボランティア最終日に続きます。