選手村ボランティア(5)

ボランティアのお仕事 その2

 ボランティア活動の日程と内容は、事務局が割り振ってシフト表を送ってくる。活動日については自分の都合で変更できるが、内容に関しては決められたものを受け入れることになる。私は、居住棟の受付のほかに、フィットネスセンターとレクリエーションセンターで活動することになっていた。
 フィットネスセンターは選手たちに運動の機会を提供する場所で、トレーニングマシンやサウナがある。広いフロアに、ランニングマシンやエアロバイクだけでも40台ずつはあっただろうか。その他、私には名称がわからないトレーニングマシンが数多く並んでいる。ジョギング程度に走る人もいれば、汗と息が飛び散らんばかりに真剣にトレーニングしている選手もいた。
 ボランティアは、タオルや備品の管理、利用人数のカウントなどを行う。棚に戻されていない備品を元の位置に戻すのも仕事だ。床に置かれたままになっていたバレーボールくらいの大きさのボールを片づけようとして、オオッとなった。持ち上がらなかった。よく見たら「10kg」と書かれている。これを持って腹筋をしていたはずだが。
 選手に近いところで待機する役目のときは、世界に誇る筋肉が躍動するのを目の当たりにする。興味ある人なら、筋肉やトレーニング方法を食い入るように観察するところだろう。私には「すごい」という表現しか浮かばない。でも、本当にすごい。皆、黙々と体を動かす。
 ドスーンという音が聞こえてきた。昼食を食べていたときに、建物中に響いてきたあの音だ。マシーンの向こう側で姿は見えないが、バーベルの練習していることが、こちらの体まで震えそうな音でわかる。そのうちに音が止み、すぐ近くのマシーンにやってきて、背筋のトレーニングを始めた。体そのものも大きいし、胸の厚みも半端ではない。これまた、すごいとしか表現のしようがない。

 フィットネスセンターが選手が真剣になるONの場所としたら、レクリエーションセンターはリラックスするOFFの場所だ。顔つきが違う。ソファーに座って、大きなモニターで他の競技を見たりスマホを眺めたりしてくつろぐ。卓球台やダーツなどで声をあげてはしゃぐ姿は、どこにでもいる若者だ。
 マッサージ機は選手たちに大人気だった。立派なマッサージチェア3台の横には、順番を待つための椅子も置かれた。その他に足用のマッサージ機器もある。太腿とふくらはぎにアタッチメントを巻き付けて、空気の圧迫で揉み上げる仕組みだ。ところが、それを使ったことのない選手が多くて、足への装着方法がわからない。
 朝のミーティングでスタッフから、その装着や除菌は基本的に選手自身にやってもらうようにと言われた。もちろん、やり方がわからなければ手を貸す。
「でもね、すべてやってあげることが『おもてなし』ではありませんから」
 全部こちらがやってしまうと、本人はスマホを眺めながら足を放り出し、ボランティアはその横で足に装着してあげるという「女王さまのために働く召使いのような構図」になる。それは「おもてなし」ではない、と言うのだ。
 なるほどと思った。自分が「おもてなし」の意味を履き違えていたことに気づいた。相手を気遣い心をこめて接することと、何から何までやってあげるのとは違うのだ。ボランティアと選手は、人間と人間。そこは対等なのだ。
 私は装着には極力手を出さず、「Please wrap up (巻き付けてください) 」などと言いながらジェスチャーで示し、どうしてもできないときにだけ最小限の手伝いをするよう心掛けた。だが、あるボランティアは、うまく巻き付けられない姿を見て、手を出さずにはいられなかったのだろう、横にひざまずき、すべてをやってあげた。すると、それを横で見ていた別の選手が「私もやって」と足を投げ出した。もちろん、そう言われたら、ボランティアの彼女はやってあげるしかない。「おもてなし」を実践するのはなかなか悩ましいことでもあった。

 選手村ボランティアのお仕事には、他に、居住棟の部屋での備品確認や、選手たちの誘導のサポートがある。私はそれらの担当にはならなかったので、先輩から部屋の内部や誘導時のようすをいろいろ教えてもらった。また、ボランティアが入れない選手用の食堂については、選手たちがSNSにアップする写真や動画で詳しく知ることができた。
 実際には選手村の半分も見ていないが、これらのおかげで、村内のすべてを知っているようなつもりになっている。

選手村ボランティア(6)ボランティアの楽しみ その2 選手と出会うに続きます。