足をケガして(前編)

 9月末、右足をケガしてしまった。
 少しだけ上り傾斜のある場所で、これまたほんの少しだけ急いで駆け上がろうとしたとき、右のふくらはぎのあたりでパキッと音がした。 痛みはそれほど感じなかったが、右足を地面に付けたら激痛が走り、力がまったく入らない。 一緒にいた夫の手を借りて家に戻ってきた。家の中では、壁やテーブルを伝い、9割がた左足に頼り、右足はつま先だけを床に付いて、なんとか移動した。
 翌朝、整形外科に行った。歩いて12分ほどの距離を、夫が車で送ってくれた。
 医者が超音波検査の画面を指さして言う。
「肉離れですね。筋肉のここが切れています」
 軽度ですよとの言葉に安心するが、2週間安静に、スポーツなどは1ヵ月半から2ヵ月はしてはいけない、十分治してから再開しないと癖になると言う。家で貼るようにと湿布薬をもらう。電気治療は筋肉に刺激を与え、血流を促して回復を早める効果があるので、できれば毎日受けるといいらしい。筋肉の断裂が治るには時間が薬、しばらくは家でおとなしく暮らすしかないのかと、なんだか暗い気持ちになる。
 歩くのも不自由なので、杖を借りた。腕を通してグリップを握るタイプの片手杖で、歩き方を教えてもらう。杖を左側に持って支えにすると、右足にかかる負担が大きく減る。

 帰りは病院でタクシーを呼んだ。 しかし、「15分以内にそちらに向かえる車がありません」という返事。15分待てば配車されるという保証もない。帰り道は車通りが多いから、途中で拾えるだろう。杖を借りたという安心感もあって、医院を後にした。
 習ったとおり、まず杖を出し、次に痛いほうの右足、そして左足、の順に動かす。意外に難しい。杖と足が一緒に出てしまって、バランスを崩す。だんだんにコツをつかんできたが、速くは歩けない。まどろっこしい。
 タクシーが来ないか何度も振り返るが、いっこうに来る気配がない。すでに秋の空気なのに、日差しの力はまだ強い。家が遠い。
 道の向こうから、同じような杖をついた高齢男性がやってきた。片側の腕と足が不自由そうだ。ゆっくりゆっくり近づいてくる。いつもなら、あまり見てはいけないと思って気づかないふりをするのだが、私の口から自然と言葉が出ていた。
「暑いですねえ」
 その人は、ちらりとこちらを見て、小さな笑みを浮かべてうなずいた。このささやかなやり取りで、元気を取り戻した。家まで30分、なんとか帰り着いた。杖のおかげで足の痛みはなかったが、グリップを握る左手のひらは、皮が剥けていた。

 このタクシー問題は、翌日からアプリの「タクシーGO」を使うことで解決した。スマホでタクシーを呼ぶと、5分ほどでやってくる。多くのタクシー会社が加盟しているので、1社に電話してタクシーを呼ぶよりも、格段に効率がいいことを学んだ。安心して、電気治療に通った。
 買い物は夫の助けとネットスーパーの利用でなんとかなり、掃除はさぼり、料理は手抜きで、2週間は家の中で安静を保つことができた。一日を除いて。ケガから3日後に、どうしても行かなくてはならない仕事があったのだ。(後編に続く)