単位は匁(もんめ)

 先日、実家に行ったときのことです。母が本棚の隅からビニールに入ったものを出してきました。86歳になる母が新婚のころ買った料理の本です。戦後のものだからか、使い込まれたせいなのか、もはや本と呼べる体裁ではありません。綴じ糸は切れ、茶に変色したページは触る端からぽろぽろと細かい破片となって落ちます。
「でも捨てられないのよね」
 母は大切そうにその本をなでます。

 料理中に母がそれを広げていたのを、子ども心に覚えています。字ばかりで料理の写真がなく、何ができあがるのか、まったくわかりませんでした。もう少し大きくなって、料理に興味を持ち始めたときに、母はこの本が参考になるわよと勧めてくれました。けれども、単位が匁で書かれていると知って、はなからこれはダメ! と決めつけて、きちんと見たことはありませんでした。母がハシグチクラコさんの本を見て作ったとしょっちゅう口にするので、わが家の酢豚の味付けや、おせち料理の昆布巻きにニシンではなく豚肉を使うのはこの本のレシピ、ということは知っていました。

 今回、改めて見てみました。タイトルは『お客料理独習書』(主婦の友社)。出版は1954年でした。著者の橋口倉子さんは明治生まれで、ウィーンの料理学校を卒業しています。和食から中華・西洋料理に至るまで、基本の出汁の取り方からパーティメニューまで、あらゆる料理が網羅されています。
 母は、外食が今ほど一般的でなかった当時、この本を参考にして来客をもてなし、また家族においしい食事を作ってくれていたのでした。
「製本して、あなたに持っていてほしいわ」
 母の気持ちもよくわかります。せめて、単位がグラムで書かれていれば、私も料理に役立てることができるのですが……。

*このエッセイは、ですます調(敬体)で書きました。古い料理本をだいじにする母の気持ちを表すのに、である調(常体)よりも合うように思いました。2016年に書いたエッセイです。