行きつ戻りつ死ぬまで思案中
『行きつ戻りつ死ぬまで思案中』(垣谷美雨著 双葉社 2023年4月)をご紹介します。
垣谷美雨(かきやみう)さんと聞いて、もしピンと来なくても、著作名を聞けば知っている方が多いかもしれません。『姑の遺品整理は、迷惑です』『夫の墓には入りません』。『老後の資金がありません』は映画にもなりました。
さらに列挙してみると、『うちの父が運転をやめません』『子育てはもう卒業します 』『定年オヤジ改造計画』など、本屋でも目に飛び込んできそうなキャッチーなタイトルです。また、タイトルからは、女性の目線で社会問題を提起するという内容が読み取れます。
私は3冊ほど読んだことがあります。歯切れのいい文章と軽快なテンポで綴られ、それぞれの立場にいる人の気持ちもていねいに描かれていました。いかにも社会問題を扱っているという感じではないけれど、読み進みながら、いろいろと考えさせられるのでした。
その垣谷さんはどんなエッセイを書くのだろうと興味をもち、本書を読みました。
子どものころの思い出や自分の作家としての人生などを題材にするなかにも、現実とまっすぐ対峙している姿がうかがえます。常に世の中に目を向けているのは、小説と同じです。また、婉曲な言い回しはなく、伝えたいことがストレートにこちらに伝わってきて、小気味よさを感じました。
題材は多岐にわたります。誰かにものを贈るときの難しさ(何をいくつ贈れば迷惑でないか)、男性のプロフィールに「一児の父」と書くだろうか、「あなたは○○の才能がない」と親に決めつけられた言葉は大人になっても残る、著書『姑の遺品整理…』をきっかけに自分も遺品整理してみた、Eテレの中国語講座の感想などなど。アベノマスクやデジタル庁に対してもはっきり意見を述べています。
小説家ですので、文章についてのくだりもあって、私は特におもしろく感じました。
・「小説というのは、著者の経験や性格が如実に反映される。だがそれだけではなかった。書き手だけでなく、読み手の性格や考え方も色濃く浮かびあがってくるのだ」
読み手によって、小説の感想がまったく逆の場合もあり、著者が予期しない感想もある。これは自分の技量が不足しているせいではなく、読み手が自分に都合よく解釈して読むからだと気づく。これはエッセイでも言えることだなと思いながら読みました。
・原稿の推敲をしていて、校閲者からの「差別的な表現です」という指摘に悩む。差別語かどうかは、人によってとらえ方が違うから、自分なりに配慮するしかない。とはいえ、「古来からの和語が消えていくのは気になるが……人を傷つけるくらいなら言葉が消えた方がましだ」と言い切り、垣谷さんの潔さを感じました。
・エッセイは、有名人か特別な体験がないと本にならないと言われてきた。ところが、最近は匿名の、平凡な日々を淡々と綴っただけのブログが注目されて、本になることもある。「平凡だからこそ身近に感じられるのだし、匿名だからこそ書ける赤裸々な想いが、共感だけでなく希望や勇気をあたえてくれる」という、垣谷さんの解説に納得しました。
本書のエッセイは、雑誌「小説推理」2020年5月号~2022年11月号に掲載されたものだそうです。作品の長さはまちまちで、短いもの長いもの合わせて71篇が収録されています。