日本語はこわくない
『日本語はこわくない』(飯間浩明著 PHP研究所 2021年12月2日発行)をご紹介します。
著者の飯間さんは、国語辞典編纂者です。『三省堂国語辞典』の編集委員として活躍されている、ことばのプロです。その飯間さんのもとには、いろいろな質問が来るそうです。「こういう言い方はOKなのでしょうか」「こういう言い方は許せませんよね?」
それに対して飯間さんは、白黒のはっきりしない答えしか浮かばないことがしょっちゅうと、本書の「はじめに」に書いています。ことばは、そう簡単に正解を決められないものだそうです。
とはいえ、エッセイを書いていると気になることはたくさんあります。
これは漢字で書くのか、仮名で書くのか。この場合はどの漢字を使うのか。この表現は合っているのか。どれが正解なの? と誰かに聞きたくなります。
本書の項目には、私が文章を書くうえで日頃気になっていることがいくつも載っていました。それが、今回ご紹介する大きな理由です。
現在はどう使われているか、新聞などでの取り扱いはどうか、歴史的に見るとどうかなど、具体例を挙げながら、41の項目についてわかりやすく解説されています。
いくつかの項目を覗いてみましょう。
15「受け付け」の「け」はいる? いらない?
名詞として使う場合、「受付」「受付け」「受け付け」の3通りの送り仮名が考えられます。
「受け付ける」という動詞の意味がある場合、「受け付け順」「受け付け開始」などは「け」を送り、人や職務、場所を示す場合は、「受付」「受付窓口」のように「け」をつけません。「受付け」は現在ではあまりみかけない。
新聞の用語集ではこのような分け方をしているが、一般の私たちはこれを参考にしつつ、自分の感覚も信じて使い分けるといいでしょうと、最後は結ばれていました。
35 ことばを重ねた重言、楽に考えよう
同じ意味のことばが重なった表現を重言(じゅうげん)と言います。
「頭痛が痛い」「馬から落馬する」は気になりますが、「金賞を受賞する」「大学に入学する」は使われています。「違和感を感じる」という言い方は、飯間さんは使うこともあるが、世の中では気にする人が多い。
重言すべてがダメというわけではないので、タブー視せず、もっと楽に考えてはどうでしょうと、結ばれています。
39 「塩コショウしてあげる」は丁寧すぎ?
「あげる」は古い時代には尊敬語で、目上の人に使うことばでした。
やがて、目上の人には「差し上げる」を使うようになり、「あげる」は同等や目下の相手に使うようになりました。それまでは、子どもや動物に対して「やる」を使っていたが(「赤ちゃんにお乳をやる」「鳥にえさをやる」)、戦後になると 「あげる」に取って代わられます(「お乳をあげる」「えさをあげる」)。その後、「あげる」をモノに対しても使うようになり、「塩コショウしてあげる」という言い方が出てきてもう20年以上たつそうです。
「あげる」をモノに使うことを、そろそろ受け入れてあげてもいい頃です、と結んでいます。
他にもこのような項目があります。
13 相手の配偶者はどう呼んだらいい?
14 漢字で書くか、仮名で書くか?
18 モノには「出合う」、人には「出会う」か?
29 「景色」「風景」「光景」似ているようで違う
36 「普通においしい」って、どんな意味?
各項目の最後のまとめ方が、私は気に入っています。
どの項目も、ことばは時代とともに変わるのだから、それほどピリピリしなくてもいいですよというスタンスです。白黒つかない場合は書き手の裁量に任せることもありますし、使い方がはっきりしているものについては「こう使います」ときっぱり結論を述べています。
役所や新聞などでは、それぞれに表記の基準を決めています。私たち個人が書くエッセイは、もう少し自由であっていいのですが、誤解を与えないように書きたいし、基本のところは抑えておきたいと思います。白か黒かはっきりしないなら、それを知ったうえで、自分なりの使い方を決めればいいのだと、本書は教えてくれました。
最後の項目の最終段落には、こういう一文が載っていました。
自分の考えや思いを一番うまく表せることばこそ「正しい」と言えるのです。