小日向でお茶を

『小日向でお茶を』(中島京子著 主婦の友社 2023年4月発行)をご紹介します。

パッケージのデザインだけを見て購入するのは「ジャケ買い」。では、本のタイトルを見て思わず手に取ってしまうのは、何と言えばいいでしょう。「タイトル買い」でしょうか。
この本は、まさに「タイトル買い」。書店で「え? 小日向で、お茶?」と気になり、書棚から抜き取りました。著者、中島京子さんの『小さいおうち』と『長いお別れ』は私の好きな作品ですが、エッセイは読んだことがありませんでした。

ページを繰ると、「はじめに」にタイトルの説明が書かれていました。本書に収載されているエッセイは雑誌の連載で、東京都文京区小日向に住んでいた頃に書いたもの。 愛着のあるその町への思いをなにか形にしておきたいという気持ちが、本のタイトルにつながったそうです。 実は私が20歳になるまで住んでいたのもその小日向。そんな小さな接点が理由で、いい本に出合えました。エッセイの中身は小日向については何も書いていないと、断り書きがありましたが、タイトル買いしました。

連載していた雑誌は『ゆうゆう』(主婦の友社刊)です。雑誌の対象者(50歳からの女性だそうです)を意識しているのか、文体は書き言葉よりも話し言葉にだいぶ寄っています。けっこう砕けた表現で書かれている箇所もあり、中島さんのおしゃべりを聞いているような気がしてきます。この書き言葉と話し言葉のバランスをとるのはけっこう難しく、砕けすぎても硬すぎても違和感が残ると私は思っていますが、そこはさすが中島京子さんです。親しみのわく文章に、ページがどんどん 進みます。

本書に収載されているエッセイは、2018年10月号~2022年9月号に掲載された連載を再編集したものだそうです。コロナ前から始まり、コロナ禍の真っただ中を過ごし、withコロナの生活に慣れてきた時期までの連載です。エッセイの内容もこの大きな流れに左右されます。コロナ前は外国へ行ったときの話が多い。コロナ禍のさなかには、その話題から離れるのは難しいが、連載中のエッセイにはできれば楽しいことを書きたい、と胸の内をさらします。

マスクやワクチンなどコロナ関連の話は出てきますが、中島さんの強みは、大好きなテーマがあるということだと感じました。「食」と「健康器具」。この2つに関することなら、いくらでも書く題材があるようです。特にどこへ出かけなくても、なにか特別なことが起きなくても、エッセイを仕上げることができるようです。
こういう強みを持つことは、趣味でエッセイを書く者にとってこそ大事なのだと気づきました。旅行、映画、料理、読書、庭いじり、スポーツ観戦、なんでも。自分の興味関心の対象となる分野を持ち、新たな情報を求めて行動し、その分野を充実させておいたら、エッセイに書くことがない~ということは起こらないのではないでしょうか。中島さんの食や健康に対する飽くなき探求心から生まれた数々の作品を読み、そう感じました。