教室の個性

4つの教室の合同エッセイ集『とあるひととき』を、私のエッセイ仲間にも読んでもらいました。いろいろ意見や感想をいただく中に、
「エッセイを次々読んでいって、これはどの教室の人か当てるのもおもしろかったです。それぞれお教室には個性があるという発見もありました」
という感想がありました。
作品にも教室ごとの個性があるというのです。

教室によって雰囲気が違うことは、私も感じていました。
同じ講師なのに、どの教室とも同じように向き合っているつもりなのに、それぞれ教室の雰囲気はまったく違います。年齢層や男女比、また新しい教室か長く続いているかなども影響するのでしょう。少人数か大勢か、教室の人数にもよるでしょう。良いとか悪いとかではありません。その個性を私は楽しく受け止めています。

けれども、作品にもそれぞれ教室の個性があるとは、私は感じたことがありませんでした。
講師としてアドバイスすることは、どの教室でもどの作品に対しても同じです。書き手の個性を大事にしたいので、どんな内容でもどんな書き方でもいいけれど、読み手に伝わるような文章を書く、それが大前提と思って、どの教室でも伝えています。

どういう理由で、教室ごとに作品の個性が生まれるのでしょうか。エッセイ講師をしている仲間に考えを聞いてみました。
・仲間の作品に刺激されて、同じような題材や切り口で書くようになることはあると思う。
・仕事をしている人が多い教室とそうでない教室では、エッセイで扱う題材がおのずと違ってくるのではないか。
・教室で読んで良いと思った作品を真似するわけではないが、無意識に似たような書き方になることはありそうだ。

そういえば、自分が生徒として教室に通っていたとき、仲間のエッセイを読んで、「こういう書き方があるのか」「この切り口おもしろいな」などと教わることが多く、いわゆるプロのエッセイを読むよりも勉強になると感じたのを思い出しました。
そうしたことの積み重ねが、教室の作品の個性につながるのでしょうか。

4教室合同のエッセイ集からいろいろなことを学んでいます。