プロのエッセイストとしての林真理子さん

2021年4月30日に、NHKの番組「あさイチ」にゲストとして、作家林真理子さんが登場しました。林さんは、1983年から週刊文春でエッセイを連載し続け、「同一雑誌におけるエッセーの最多掲載回数」としてギネス世界記録をおもちです。番組の前半は、エッセイを執筆する林さんの姿に焦点が当てられました。そのなかで、さすがプロのエッセイスト!と感じた箇所をまとめてみました。

プロですから
「これだけ長く書き続けて、今回はもうネタがない、書けないという時はありませんでしたか?」
という問いに対して、林さんはこう答えました。
「しょっちゅうありますよ。でも、ネタがない時にも書くのがプロですから
書けない時は心の中で「ごめんなさい。来週おもしろくするから」と謝りながら書くそうです。毎回2塁打は無理、ほそぼそとつなぐ野球ですよと言います。とはいえ、自分が納得するネタではなくても、毎週毎週人に読ませるものにまとめ上げるのは、さすがとしか言いようがありません。

スポンジ体
「エッセイは自分の体験などを書くものですが、このコロナ禍で外出や外食がままならず、ネタが枯渇しませんか?」
という質問に対しての答えはこうです。
「今は外食などの話は書けないので、過去のことが多くなってしまってます。そこは反省点ですが、私の場合、スポンジ体というか、いろいろなネタが向こうから来ますから
何でも吸収するという意味でのスポンジ体なのでしょう。タクシーに乗ればドライバーがいろいろな話をしてくれる。自分自身もふつうの人がしないようなミスをする。ネタは向こうから来ると言うのです。
もちろん、林さん本人がアンテナを張っているから、他の人なら見過ごしてしまうことに気づくのでしょう。けれども、林さんは気づくだけでなく、それらネタをどう組み合わせたらどういうエッセイになるか、次のエッセイではどれを使おうかなどと、常に頭の中で構成を組み立てているのだと思います。ネタがやってきても、エッセイを書く時点で思い出せなければ元も子もないのですから。
林さんは現在、週刊誌2冊と月刊誌1冊でエッセイを書いているそうです。単純計算で、月に9本のエッセイ。それらを書き続けるために必要なネタは、スポンジ体に寄ってくるのを待っているだけでは足りないはずです。脚本家の中園ミホさんによれば、林さんは「超一流のミーハー」で好奇心がすごいそうです。つまり、自分からも動いているから、多くのネタと出合うのですね。

読者や登場人物を傷つける文章は書かない
「コロナのことで政府に対していろいろ言いたいことがありますが、それを書くと文章がトガッてしまうので、やめておこうと思います」
「毒舌とよく言われますが、悪口にならないようにやわらかく包んで書いているつもりです」
これらは番組の中での林さんの言葉です。読者や登場人物の気持ちを傷つけるような文章は書かないと、心に決めているのですね。これらを口に出したのは、そういう意識をしっかりもっていることの現れと感じました。

45分で書く
ギネス記録になったエッセイは、週刊文春に連載されている「夜ふけのなわとび」です。何文字か数えてみると、(16文字×194行=)3104文字です。単純に400字原稿用紙に換算すると、7.76枚。これを、45分で書き上げるそうです。ご本人は小さな声で「ネタがあればですが」と言っていましたが、そうであっても、信じられないスピードです。エッセイを書いている方なら、いかに速いかがよくわかることでしょう。
「書き始める時には、構成はすでに頭に入っているのですか?」
と問われると、
「構成を考えながら書くこともありますが、全体の分量は頭に入っています。職人と同じですよ。注文の期日までに、これだけの分量のものを書く、ということを40年近くやっていれば、『このくらいでこうやってこうやってやれば』がわかります
と、大したことないのよという表情で答えていました。
私が林さんのエッセイを読んで感心するのは、途中でいろいろなエピソードが出てきて、書き出しの話からどんどん離れていってしまっても(離れたように見えても)、必ず最初の話に関連付けて終わることです。林さんの言う「こうやってこうやって」には、それらのネタをどう展開させるかの構成も入っているのでしょう。

林真理子さんの話からは、プロのエッセイストがどのようにエッセイと向き合っているかを知ることができ、エッセイを書く者にとってたいへん有意義で興味深い内容でした。番組後半に紹介された新作『8050』もおもしろそうです。月に9本のエッセイだけでなく、小説も連載をもち、芝居・音楽・相撲・会食その他にも忙しい。すべてが「さすが!」でした。