漢字か、ひらがなか

エッセイ教室で質問を受けました。
「エッセイではあまり漢字を使わないで書くと聞いたのですが、本当ですか? たとえば、『たくさん』という言葉は、『沢山』と漢字では書かないそうですが……」
漢字で書くかひらがなで書くかは、いろいろな場合があり、すべてを網羅するのは難しいので、多くのエッセイを添削してきたなかで気になった点についてお答えします。

教室に提出されたエッセイを読んでいると、最近はパソコンで文章を書くからか、漢字を多く使う傾向にあるようです。パソコンが漢字の候補をたくさん出してくるので、漢字を使わなくてはいけないと思ってしまうのかもしれません。
1つの目安として、自分が手書きで書くとしたら、漢字で書くか、ひらかなで書くかを考えるといいと思います。
「ある日」を「或る日」と書くか。
「びっくりした」を「吃驚した」と書くか。
「さすが」を「流石」と書くかどうか。

一般的なルールとして、常用漢字表に載っていないものはひらがなで書くことになっています。文化庁のウェブサイトから常用漢字表を見ることができますが、2136字ありますのでいちいち確認するのはたいへんです。職業で文章を書く方々は、マニュアルや辞書を持ち、必ず調べています。
エッセイを書くときはどうしたらいいでしょう。一般に使われている漢字なら、たいていは表に載っていますし、常用漢字表は目安であり、芸術などの分野や個々人の表記にまで及ぼすものではないので、神経質に常用漢字表を確認することはないでしょう。気になる場合は、国語辞典を見てください。常用外であれば印がついています。

常用漢字であっても、一般にひらがなを使う場合は、いろいろあります。

たとえば、接続詞や副詞はひらがなで書きます(例外はいろいろありますが)。
・または(又は)、ただし(但し)、すなわち(即ち)、もしくは(若しくは) 
・ぜひ(是非)、ずいぶん(随分)、あまり(余り)

同じ読みの言葉でも漢字とひらがなを区別して使う場合もあります。
・「事」と「こと」
 事と次第によっては…… (「事」が実質的な意味をもつ場合)
 思いがけないことに…… (「こと」は形式名詞で、「こと」だけでは漠然としている場合)
・「所」と「ところ」
 妹のに泊まる。(実際の地理的な場所を示す場合)
 彼の知るところとなった。(抽象的な事態を指す場合)

補助動詞として使われているときは、ひらがなを使います。
・「見る」と「みる」
 外を見る
 一口食べてみる。(「みる」が「食べる」の補助動詞として使われている)
・「貰う」と「もらう」
 贈り物を貰う
 代わりに書いてもらう。(「もらう」が「書く」の補助動詞として使われている)

当て字はひらがなで書きます。
当て字とは、「漢字のもつ本来の意味にかかわらず、音や訓を借りてあてはめる表記。また、その漢字。『野暮(やぼ)』『芽出度(めでたし)』『冗句(ジョーク)』の類」(広辞苑第六版より)です。ここでむずかしいのは、小説などには当て字が使われていて、通常の熟語だと思い込んでいる場合が多いことです。

自分がその漢字にこだわりがあって使う場合もあるでしょう。
「あなた」という場合、漢字で「貴女」とは最近は書きません。私も通常は使いませんが、ある老齢の女性のセリフを、「貴女は何も知らないのね」と書いたことがあります。その女性の口から出る「あなた」は「貴女」のほうが合うと思ったからです。
また、辞書を見ないと書けない漢字でも、「薔薇」「躊躇」などのような漢字を使いたい場合があるかもしれません。そのような意思があるのなら、エッセイで使ってもいいと思っています。

さて、今回の質問の「沢山」は当て字です。ですから、ひらがなで書きたい字です。けれども、これを当て字と言われても困ってしまいますね。そんなこと知らない、というつぶやきが聞こえてきそうです。国語辞典には、当て字の記号がついていますが、常用漢字と同様、いちいち調べるのも……という方もいるでしょう。

現代の一般的な文章は、ひらがなが多く使われています。迷ったら、ひらがなにするというのも1つの解決方法かもしれません。

すべての例をここに列挙することはできません。 常日頃、新聞や週刊誌などを読むときに、どういうときに漢字を使っているか、いないか、気をつけて見てみてください。気にしていると見えてくるものがあるはずです。