満たされない心
20数年前の10月、私はホームシックにも似た思いを抱えていた。寂しくて仕方なかった。
それまで6年間過ごしたアメリカでは、10月はハロウィン一色だった。オレンジと黒の二色で街中が埋め尽くされ、どの家の玄関先にも、大きなカボチャが置かれた。31日には、訪ねてくる子どもたちに菓子を配る。1年中で一番楽しい行事だった。それなのに、日本に帰ってきたら、ハロウィンがなかった。デパートの菓子売り場に、かぼちゃのイラストがちらほら見られる程度だった。
でも、今は違う。日本で知らない人はいないくらいに、知名度は上がった。デパートやホテルでは飾り付けをし、スーパーの菓子売場にはパンプキンのパッケージが目立つ。おばけやカボチャの雑貨を並べる店も増えた。それらを眺めて喜んではいるが、心は今ひとつ満たされない。
テレビでディズニーランドのハロウィンイベントのコマーシャルが流れた。
「わあ、楽しそう。行きたいねえ」
と言う私に、息子たちは
「行けば?」
とそっけない。まったく関心がない。そのようすを見て、ああそうかと、今さらのように気づいた。ハロウィンが私の心をこれほどとらえて離さないのは、子どもたちと一緒に楽しんだ思い出が、私の心を占めているからなのだ。
2歳半の長男は、「トリック・オア・トリート」も満足に言えなかった。その小さな手を引いて近所を回ったのが、最初だ。2人目が生まれると、兄弟揃って同じ衣装を作って着せた。ピーターパン、海賊、スーパーマリオ・ブラザーズ。毎年コスチュームを考えて作るのが私の楽しみとなった。変身した姿がかわいくて、何枚も写真を撮った。大きなカボチャをみんなでくりぬいた。今なお思い出の中で、ハロウィンは輝いている。
これからは、夫と連れ立ってディズニーランドに行くのかな。それとも、いつの日か孫にコスチュームを作ってあげる? いずれにしても、結局は、あの頃のハロウィンを懐かしむのだろうな、私は。