赤紫蘇ジュース

 6月、野菜コーナーの隅に赤紫蘇の葉が並ぶと、今年もあの季節がきたと嬉しくなる。
 赤紫蘇ジュースをはじめて飲んだのは、コロナ禍の始まる前年、2019年6月のことだ。夫と広島を旅行し、その日は尾道を歩いた。日差しの強い暑い日だった。
 ロープウェイで千光寺山頂に上って、展望台から眺めた。眼下には尾道の町、尾道水道を挟んで向島、その奥には瀬戸内海の島々が幾重にも連なる。文学のこみちを通り、千光寺に寄りながら、坂道を下りていく。それにしても暑い。ロープウェイに乗る前に一休みしたのに、すぐまた喉が渇いてきた。 
 坂道の先に瓦屋根のついた立派な門が現れた。縄のれんがかかっているので、食事処だろうか。何か冷たいものをと、夫と吸い寄せられるように入っていった。そこは、古い建物をモダンに改装したホテルだった。カフェの中に入りかけたが、そこからは景色が見えないと聞き、日陰のテラス席を選んだ。すうっと風が通り抜けて、汗を連れ去ってくれる。
 メニューから選んだのが赤紫蘇ジュースだ。何年も前に読んだエッセイに、自宅で作った話があって、どんな味なのかなと頭の片隅に残っていたからだ。
 炭酸の細かい泡がルビー色に輝く。冷たい液体が喉から食道を下りていく。スッキリした味わいと、暑さの疲れをいやしてくれる甘さがあった。コーヒーを頼んだ夫にひと口飲む?と差し出すと、「おいしいね!」と、弾んだ声が返ってきた。
 翌年は新型コロナウイルスのパンデミックで、すべての予定が狂った。旅行なんてとんでもないことになった。スーパーに行くのも不安だった6月、赤紫蘇が並んでいるのを発見した。ビニール袋にごっそり入っている。尾道でのジュースを思い出して、手に取った。梅干しを漬けないので、売られていることを知らなかったのだ。 
 レシピはネットで見つけた。葉だけを5分ほど煮ると、色素が出て赤黒いような色の液体になる。葉を取り除き、砂糖を加えて、溶かしながら煮る。最後にレモン汁を入れると、パッと透明な赤い色に変わり、ジュースシロップが1リットルほど 完成。葉をていねいに洗うところを入れても、1時間程度できあがった。グラスに氷をたくさん入れて、シロップに炭酸を加える。透き通った赤い色に小さな泡が躍る。ゴクリとひと口。尾道のあの味だ。
 それ以来、赤紫蘇が店頭に並ぶと、一袋買ってきて作るようになった。夫と2人で飲み終わる頃には、売り場からも消えていて、来年のお楽しみとなる。