ていねいな仕事

 実家に住む姉がお雛様をしまうというので、手伝いに行った。「しまうのが大変で、飾るのを躊躇するくらい」と、姉が漏らすのを聞いたからだ。
 お内裏さま、三人官女、五人囃子、右大臣左大臣、そして仕丁が3人で15体。お道具もある七段飾りだから、それぞれを箱に収め、段を解体するのも大変なのだろうと想像しながら、電車で4駅先の実家に向かった。
 姉はまず、こよりを作るからと言って、ティッシュの箱を手元に置いた。
「何に使うの?」
「お顔を一つずつティッシュでくるんで、上からこよりで結わえるの。長い髪の毛もね」
「顔も包むのね。私は、髪の毛だけはよれよれにならないようにとティッシュでくるむけど、セロテープで留めてるよ。簡単だし、それでなんの問題もないよ」
「お母さんがこよりを使ってたからね。ほかの方法は考えたことなかったわ」
 とりあえず、姉に従って手を動かす。こよりを作るなんて、いつ以来だろう。撚りが甘くて紙が開いてしまったり、逆に途中で千切れたりと、失敗を繰り返しながらも、少しずつコツをつかむ。心の中では、セロテープのほうが断然ラクなのになあと思いつつ。
 2人で30分以上かかって、20数本を作り上げた。雛壇から1体ずつ降ろして顔を包む。こよりを結ぶのは、力の入れ加減が意外と難しい。
 人形はすべて、20年ほど前に母が作った。70歳の頃、木目込み人形を習っていて、大作に取り組んだのだ。桐の粉を固めたボディ部分と顔はセットで売っている。ボディに刻まれた溝に、着物の生地を入れ込んでいく。長く洋裁を教えていた母は、細かい作業を伴う新たな趣味に魅かれたのだろう。お雛様は、姉が生まれたときに祖父母から贈られた五段飾りがあったのに、それを寄付する先を見つけて、新しいものを仕上げた。私と妹それぞれにも、お内裏様を作ってくれた。
「着物が何枚も重なるように見える細いところまで、手をかけて、きれいに作ってあるね」
 2人で感心しながら箱に収める。
 すべて姉に倣い、防虫剤は新しいものに取り替え、お道具はほこりを払って紙で包む。箱の外側には、母の字で人形やお道具の名前が書いてある。
「何もかも、ていねいにやる人だったのね」
と、私はまたもや感心する。
「そうなのよ。だから、そのとおりにしまわないといけない気がするの」
「しまうのが大変なわけがわかったわ」
 スチール製の雛壇は、意外と簡単に折り畳めて、長細い箱にすんなり収まった。とはいえ、それなりの重さはあって、年に1度、納戸から出し入れしなくてはならない。
 子どもたちが社会人になるまでは、雛壇の前で写真を撮るのが毎年の恒例だった。父の命日が3月で、墓参りをした後、実家に寄る。3日を過ぎても、撮影のために片付けずにいてくれたおかげで、小さなころからの成長の記録写真が残っている。
 姉が冗談めかして言う。
「うちの娘(こ)たちが30過ぎても結婚してないのは、長く出していたからかもね」
 2人の力で、2時間半ほどでなんとか終わった。お茶を飲みながら、私は話を蒸し返す。
「はじめて手伝ったけど、お雛様をしまうのは大仕事ね。せめて、こよりをセロテープに変えたらどう?」
「まあね、そのほうが簡単だけど、私はね、こういうていねいな仕事を、自分の子どもたちに伝えたいという気持ちがあるのよね。お母さんを横で見てきたからかな」
 実家で同居していた姉は、私とは違う思いを抱いて母を見ていたことに気づいた。
 3月末に母の三回忌を迎える。