世にもあいまいなことばの秘密

『世にもあいまいなことばの秘密』(川添 愛著 ちくまプリマー新書 2023年12月)をご紹介します。
この本はエッセイ仲間から教えてもらいました。読売新聞の書評欄(2024年2月18日)に載っていて、読んでみたら興味深い内容だったからと、勧めてくれたのでした。

本書の「はじめに」には、こう書かれています。
「言語学の立場から眺めれば、私たちが発する言葉のほとんどは曖昧で、複数の解釈を持ちます。しかし、私たちはなかなかそのことに気がつかず、自分の頭に最初に浮かんだものを『たった一つの正しい解釈』と思い込む傾向があります」

エッセイの合評でも、複数の意味に受け取れる箇所について、筆者が意図しているのはどちらの意味ですかと質問が出ることがあります。それは書き方に注意が足りないというよりも、「言葉は曖昧で複数の解釈をもつという大前提があるので、書くときに注意が必要」ということなのでしょう。

本書では会話、SNS、文章などすべての日本語のコミュニケーションの場面で起きる、複数の解釈が生まれる事例を、言語学者の川添愛さんが具体的に紹介し、曖昧さが起こる要因について、文法にも触れながらわかりやすく解説します。

エッセイを書くという観点から、私が特に気になった箇所の一部をご紹介します。
●「AB」
」という助詞は多くの意味を持つため、多くの意味を表すことができる。そのため、読み手と聞き手の間で文脈がうまく共有されていないと、「の」が表す意味が分かりにくくなる。
例 「誰絵ですか?」という文は「誰が描いた絵ですか?」「誰を描いた絵ですか?」「誰が所有している絵ですか?」という3種類の解釈ができる。
例 「私には双子妹がいます」では、「私と双子の関係にある妹がいる」「私から見て妹の関係にある双子がいる」と両方に受け取れる。

●「ゼロ代名詞」
日本語の文では、誰(何)のことかが分かりきっている名詞をわざわざ言わず、省略できる場合があり、それを「ゼロ代名詞」と呼ぶ。この見えない要素が、曖昧さを生んでいる。
例 「本をプレゼントした男性」という文では、
[(その男性が)(ゼロ代名詞=花子に)本をプレゼントした]男性
[(ゼロ代名詞=私が)(その男性に)本をプレゼントした]男性
の2通りが考えられる。

●並列
並列表現は、分けるか、分けないかで、解釈は変わってくる。
例 「2日、5日、8日の午後が空いています」と書いた場合、
[2日][5日][8日の午後]と分ける
[2日、5日、8日]を分けない→[2日、5日、8日]の午後
という2通りの解釈がある。
例 「太郎と花子はケーキを3個食べた」においては、
「太郎」と「花子」を分ける→「太郎はケーキを3個食べた。花子もケーキを3個食べた」
「太郎と花子」を分けない→「太郎と花子は合わせて3個のケーキを食べた」
という2通りの解釈ができる。
法的な文書では、「及び」「並びに」「若しくは」「又は」の使い方がはっきり決められていて、並列表現における曖昧さが生まれないようになっているそうです。

これらの曖昧さがあっても、前後の文脈をヒントにして正しく伝わる場合もありますが、少し言葉を足さないと正しく読み取ってもらえない場合もあります。
エッセイを書く際には、こうした曖昧さがどういう時に起こるのかを知っておいて、正しく伝わるように書けているか、推敲の際に確かめることが大事だなと感じました。

筆者は最後に「曖昧さは悪いものではない」と述べています。
もし曖昧さをなくそうとして、一つの単語に一つだけの意味しか持たせなくしたら、単語数が驚異的に増えてしまいます。この曖昧さのおかげで、そのぶん短く簡潔に情報を伝えることができ、また掛詞や駄洒落という楽しい遊びができるという面もあるというのです。
そういえば、本書の事例には、アンジャッシュやとにかく明るい安村さんなどの、言葉の曖昧さを笑いにつなげるコントの事例も出てきました。