梨が好き

 果物はどれも好きだが、一番好きなのはと聞かれると「梨」と答える。特に幸水が好きだ。
 スーパーで買うと、当たりはずれがある。それでも、食べたいから、8月になると必ず買い物カゴに入れていた。
 エッセイ仲間のSさんが千葉で梨園を営んでいると知ったのは、10数年前だろうか。頼んでみたいなと思いつつ、何年かは躊躇していた。別の地域の梨を箱でもらったとき、それは固めで甘みが少なく、食べ切るのに苦労したことがあったのだ。
 しかし、Sさんの梨はおいしいらしい。何人もの仲間からそう聞いて、頼んでみた。幸水が好きと伝えると、8月お盆前に、良さそうなのを選んで送ったからと連絡がきた。
 みずみずしい。そして、甘い。単に甘いだけでなく、澄んでいる甘さというか、余計な味が加わらない純粋な甘さというか。これまで食べたなかで最高の梨。もっと前から頼めばよかった。
 なんでもおいしく食べる夫も、違いがわかったようだ。
「これは、いつものと違う。いや、本当においしいねえ」
と絶賛していた。
 次の年には豊水も頼み、翌年には秋月をと、他の品種も頼んでみた。豊水のような少し酸味のある味より、私は幸水が好きなことがはっきりした。
 おいしい幸水が取れる時期は短い。8月上旬にひと箱送ってもらって、8個ほどを食べている間に、時期は終わってしまう。Sさんのおかげで、求める梨のレベルが上がってしまい、スーパーでは満足できなくなった。毎年送られてくるのを心待ちにした。何年楽しませてもらっただろう。 
 けれども、世の中にはずっと続くということはないのだ。事情により、Sさんの梨栽培は今年限りだそうだ。私がお手伝いしますから続けてください、と心の底からお願いしたかったが、もちろん、そういう簡単な話ではない。
 梨園の仕事は大変だ。Sさんのエッセイを読むとよくわかる。広い畑にはすべき仕事が1年中あり、特に収穫の8月から10月までは超多忙だ。暑さや蚊との闘い、梨を襲う害虫やカラスとの闘いもある。旅行や飲み会に行けるのは、梨の収穫が終わった、ほんのひとときだけ。

 最後の幸水、7個入りの箱が届いた。ひと口ひと口が尊い。ゆっくり日にちをかけて楽しみたいが、時間をあまりかけては熟れすぎてしまう。毎日1つ。夫に「よく味わってね」と言う。
 これまでのおいしい幸せを、Sさんに感謝しながら、噛みしめている。