いつも、いなか

 子どもの頃、夏休みの旅行といえば、行き先はいつもいなかだった。

 まず、父の実家に行く。新宿駅から中央本線に乗って、長野県の上諏訪駅で降りる。道路脇の溝から立ち上る温泉のイオウの匂いを「くさ~い」と言いながら歩いていく。そば屋を営む祖父母や伯父たちは忙しい手を止めて、「よく来たねえ」と迎えてくれた。調理場や従姉の部屋を覗き、少し歩けば諏訪湖が広がっていて、姉と妹の3人で探検する場所はたくさんあった。

 3日ほどで諏訪を離れ、母の実家に向かう。中央本線で東京方面に戻り、山梨県の甲府駅で降りる。あまり休暇が取れない父はそのまま東京に帰る。バスで1時間ほど揺られると、田畑が広がる村に着く。祖父母の家には土間があり、かまどで調理をする。お手洗いは家の外にあった。鶏小屋には10羽ほどいて、餌やりや卵を集める手伝いをした。

 どちらも、東京の生活とはまったく違う。あらゆることがめずらしく、興味津々で毎日を過ごした。

 けれども、小学校の高学年になって、友達は夏休みにいろいろな観光地に旅行していることを知る。世の中の出来事にも興味を持ち、大阪の万博に行ってみたいなどと自分の意思も生まれる。いつも同じ場所に行くのがつまらなく感じるようになった。だが、親の実家に行くのが当然の流れとなっているから、違うところに行ってみたいとは言い出しにくい。そのうち、きょうだいがそれぞれ部活や塾で忙しくなり、いつの間にか、家族みんなでいなかに行くことはなくなってしまった。

 遠いあの頃を振り返ると、観光旅行では得られない経験をしただけではなく、祖父母たちの大きな愛情の中で自由に遊ばせてもらい、それらが何物にも代えがたい大切な思い出であることがわかる。そして、親は親でいろいろ考えていて、いなかを拠点に近くの観光地まで子どもたちを連れて行き、旅行気分を味わわせてくれていたことにも、遅まきながら気づく。小学校時代の夏休みの旅行記には、黒部ダムや霧ヶ峰などが登場しているのだった。