書きたいエッセイと読みたいエッセイ

こんな質問がありました。

質問 外国に暮らしたときに感じた治安をテーマに、エッセイを書きました。「治安が悪いと聞いていたので、当初は緊張していたが、少しずつ行動範囲が広がり、スーパーに行ってみた。街を知ることで、安心感が生まれた……」という内容です。
これを読んだある女性が、「スーパーではどんな物を買ったのですか?」と聞いてきました。どんな食材を買ってどんな料理をしたのかを知りたいと言うのです。私が書きたかった治安の話は興味ないとも言われました。
こういう場合、読者の意見を取り入れるべきでしょうか。自分の書きたいことを貫いてもいいのでしょうか?

この質問に対して、どのように答えたらいいでしょう?
回答例(1) 独りよがりの作品はよくないですね。読者が読みたいことも盛り込んでみましょう。
回答例(2) エッセイは自分の書きたいものを書いてこそ。一読者の意見に左右される必要はありません。
回答例(3) 「自分が書きたいことを、他人が読みたいように書く」を目指しましょう。

例(3)が理想の答えですが、言うは易きで、ではどう書けばいいのか、大変難しいことも確かです。「治安」というテーマそのものが読者の興味にマッチしないなら、どのように書いても、その読者が読みたい作品にはならないようにも感じます。

実は、これは質問ではなく、私自身の15年前の手帳に走り書きしてあったものです。詳しくは覚えていませんが、実際に合評でそう言われて、どう書けばいいのだろうと悩んだのでしょう。「好奇心の強くない読者に対して、おもしろくないと感じさせても、それは筆者の罪ではない」とまで書いてあり、自分の作品がうまく伝わらないことへの苛立ちが読み取れました。

15年たってその手帳を見て、こう考えました。
書きたいことはやはり書こう。だから治安について書く。
・読者の希望に沿って、スーパーの部分を膨らませて何を買ったかまで書き足すか? いや、それでは逆に脇道にそれてしまうので、この作品には書かない。
・とはいえ、読者に、治安については興味ないと言わせた理由はどこかにあるはず。エピソードの取り上げ方か、構成か、表現が硬かったのか。何かを変えれば、読者の興味を引き出すことができるかもしれない、という気持ちで検証する。

例(3)に近い答えですが、作品をどう書き替えるかについては、やはり難しい問題をはらんでいます。それでも、読者の意見をまったく無視するのだけは避けたい。耳を傾ける謙虚な姿勢は忘れたくないと思っています。