セリフを書くときに注意したいこと

エッセイにセリフを書き入れることの重要性については、すでにご存じの方も多いと思います。たとえば、以下のようなメリットが考えられます。

描写(人物描写・情景描写)
地方の言葉、ていねいな言い回し、歯切れのいい調子、ぽんぽんと飛び交うようす。そうしたセリフによって、話している人物の表情や性格、また会話が行われている場面の雰囲気などまで描くことができる。地の文で書けば細かな説明になってしまうことを、短いセリフがサラリと伝えることもある。
臨場感
セリフによって、その場面がいきいきと描かれ、臨場感が生まれる。読み手はその作品の中に引き込まれ、その場に一緒に居るような感覚になることもある。
視覚的な読みやすさ
セリフを改行して書くことにより、紙面に空白ができ、視覚的にも読みやすい作品になる。字が紙面いっぱいに詰まっている、地の文だけの作品とは、見え方がまったく違ってくる。

以上のようにメリットは多いのですが、デメリットもあります。
あれもこれも会話で書くと、話が進まなくなり、冗長な感じになる可能性があります。また、魅力のないセリフの応酬はかえって作品をつまらないものにすることもあります。常に、印象的なやり取りやセリフを選ぶことを心掛けたいものです。

「これは」というセリフを選んだとしても、さらに気をつけたいことがあります。それは「」です。セリフを受ける「と」のことです。次のような会話を書いたとしましょう。 

 私は道に迷ってしまい、前から歩いてきた女性に、
「文化会館へはどうやって行けばいいですか?」
と尋ねた。その女性はすまなそうな表情で、
「すみません。私もこのあたりははじめてで、わかりません」
と答えた。

上記の例では、「文化会館……」「すみません……」という2つのセリフを、それぞれ、「尋ねた」「答えた」というように、「」で受けています。2つくらいならそれほど目立ちませんが、「と」で受けるセリフが続くと、推敲が足りていないように思われかねません。
「と」は簡単に消すことができます。

 私は道に迷ってしまい、前から歩いてきた女性に尋ねた
「文化会館へはどうやって行けばいいですか?」
 その女性はすまなそうな表情で答えた
「すみません。私もこのあたりははじめてで、わかりません」

動詞をセリフの前にもっていくだけで、「と」の悩みは解消しました。どの文例でもこのようにいくとはかぎりませんが、漫然と「と」で受けるのではなく、何か他の言い方はできないか?という目で推敲しましょう。
とはいえ、ただ、「と」を削ればいいものでもありません。

 私は道に迷ってしまい、前から歩いてきた女性に、
「文化会館へはどうやって行けばいいですか?」
 その女性はすまなそうな表情で、
「すみません。私もこのあたりははじめてで、わかりません」

時々、このような文を見かけます。「と尋ねた」「と答えた」を削ってしまうと、「と」はなくなりますが、述語のない文、言い換えれば「尻切れトンボ」の文になってしまいます。「尋ねた」まで書くことで、文は完結します。文を中途半端で終わらせる処理方法は避けたいものです。

セリフを「と」で受けるかどうかは、作品の構成や展開とは関わりがありませんから、その重要性を見逃しがちです。けれども、「と」が多いか否かで、読んだときに受ける印象がまったく違います。小説やエッセイを読むときに、気をつけてチェックしてみてください。「と」を使わずにうまく処理していることに気づくはずです。
推敲の際のちょっとした工夫で、読み手に「お、書ける人だな」と思わせましょう。