気になる言葉(4)「感謝しかない」

皆さんは、気になりませんか? テレビのインタビューなどで、「感謝しかありません」と答えているのを聞いて。私にはなんとなく違和感が残ります。
最近、急にこの言い方が増えたように感じます。若い人に限らず、わりと広い世代で使われているようです。この言葉は「とても感謝している」という気持ちを表していて、これまでであれば「感謝の言葉もありません」「いくら感謝してもしきれません」と言われていた場面で使われています。

「しか」を広辞苑で引くと、「後に打消の語が来て、わずかにそれだけである意を表す」とあり、例文として、「これしかできない」「3人だけしかこない」が載っています。
その意味が頭にあると、「感謝しかない」は、「感謝」が「わずか」と感じてしまいます。ところが、この言い方をする人は、「感謝の気持ちでいっぱいです」という意味で使っているので、私は違和感を覚えるのでしょう。

もう1つの違和感の理由を、明鏡国語辞典(第3版、2021年1月1日発行)で見つけました。「しか」の項に〈注意〉として次のようなことが書かれていました。
「『名詞+しかない(しかありません)』の場合は、その名詞部分に「ある/ない」で言わないものがくると、不適切な言い方に感じられる」。これだけを読むと難しいのですが、辞書に載っていた2つの例「感謝」と「感謝の気持ち」とともに考えると、意味がわかりました。

感謝しかない」について
→「感謝がある」「感謝がない」という言い方をしない
→「感謝」は「ある/ない」で言わない
「感謝しかない」は不適切な言い方に感じられる
というのです。

それに対して、「感謝の気持ちしかない」は、「感謝の気持ちがある」「感謝の気持ちがない」という言い方をする、すなわち「ある/ない」で言うので、「感謝の気持ちしかない」という言い方は自然に聞こえる、というわけです。

ほかの言葉で考えてみると、
「悲嘆がある」とは言わない→「悲嘆しかない」は不適切に感じる
「不安がある」と言う→「不安しかない」はOK
ということになります。すべての名詞について、これが当てはまるのか、もう少し確かめたい気もしますが、1つ言えることがあります。
言葉は時代とともに変化していくものです。最近の広がりを見ていると、そのうち「感謝しかない」も違和感なく使われるようになるのではないでしょうか。

図書館で「しか」について調べているとき、『日本語語感の辞典』(中村明著 岩波書店 2010年11月発行)に興味深い記述を見つけました。本書は、言葉のニュアンスについて詳しく解説している辞典です。要約すると、
「逃げるしかない」のように「動詞」に「しかない」を付ける用法が口頭表現を中心に広まっているが、今でも違和感を覚える人があり……俗語的なニュアンスを避けるために、「逃げるほかない」「逃げる以外に手はない」などの表現に切り替える試みもみられる。
という内容でした。

2010年出版の辞典において、このように書かれているのです。今はどうでしょう。「逃げるしかない」「行くしかない」などは、口語すぎるという理由で使うのを避ける人はいないのではないでしょうか。10年で、言葉に対するニュアンスはずいぶん変化するのですね。
「感謝しかない」が市民権を得るのは、そう遠くない将来のように思えてきました。