何を書いたらいいか、わからない

エッセイを長年書き続けていると、題材が尽きてしまい、ネタ探しに苦労するという話を、以前「身近なネタをどうやってエッセイに書く?」というタイトルで、今月の話題に載せたことがあります。
今回の話は、逆に、エッセイ教室に入ったばかり、書き始めて間もないAさんの、「何を書いたらいいかわからない。書いても600字くらいしか書けない」というお悩みについてです。

Aさんは、父親が甘いもの好きだったことを書くなかで、卵かけご飯にも砂糖をかけていたエピソードを取り上げました。親戚の家に行って、他の家では砂糖をかけないのだと知ったという内容が、200字ほどで書かれていました。せっかくの面白そうなエピソードなのに、お父さんが卵かけご飯を食べるようすが描写されていません。そこを膨らませたら、作品全体が800字ほどになりそうです。

お母さんが卵かけご飯を用意するのか、食卓でお父さんが卵を割るところから自分でやるのか。砂糖の量は? 醤油もかけるのか? お父さんの手さばきや表情なども具体的に書いて、膨らませるといいですね。
そのようにAさんに伝えました。ところが、「砂糖は大さじに大盛りくらい、とにかくたくさんかけていたのは覚えているけれど、その他のことはあまり覚えていない」のだそうです。となると、このエピソードをこれ以上膨らませるのはあきらめるしかありません。

Aさんが少し長いエッセイを書くとっかかりになるようなテーマはないものでしょうか。あるエッセイの書き方指南書には、ネタに困ったら、「こだわりの○○」というテーマで、身の回りの品物について書いたらどうだろう、とアドバイスが載っていました。本・食器・アクセサリー・家具など、物にまつわる思い出やドラマが、誰にでもあるはずだというのです。
しかし、Aさんは、先日の引っ越しでほとんどの物を捨てて身軽になったから、そういうこだわりはないと言います。その「こだわりがない」というのもエッセイになりますよと伝えると、それを書くのは難しいと首を横に振ります。たしかに、少し上級者向けかもしれません。

教室に入って1年たつBさんは、ネタに困った素振りを見せたことがなく、毎回2000字を書いてきますが、こんなふうに話してくれました。
「少し書き慣れてきて、やっと、あの日のことを書いておこうと思い出すようになりました。エッセイを月1回書くうちに、記憶の中に眠っていた出来事が書く対象として見えてきたのだと思います」

すでに5年も通っているCさんは、最初の頃、教室の皆さんが自分のことを書いているのを見て、
「私は恥ずかしくて、とてもそんなこと書けないわ。何を書いたらいいのか、わらかない~」
と言っていたのに、いつの間にか、家庭内からネタを拾い出し、誰よりも自分を開示したエッセイを書いています。

エッセイ教室に入ってくる方々は、おしゃべりや短いメール文とは違う「文を書く」ということに慣れるのに時間がかかる人、自分のことを書くのに抵抗がある人、書いているうちにだんだん書きたいことが見えてくる人、最初からこれを書きたいという目的を持って入ってくる人、それぞれです。
時間がかかっても、いつの間にか、すべての方が書きたいことを見つけて、エッセイを書いています。